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戦前―戦中の映画理論と政治的イデオロギー

溝口(おそらく彼の政治認識は中学生程度のものであったろう)は満州国の成立を知って、ただちに『満蒙建国の黎明』(一九三二)を撮り、少し後のことであるが鈴木は『東洋平和の道』(一九三八)を撮った。
一九二〇年代後半には主にフランスとソ連から、さまざまな映画理論の紹介がなされ、若き映画人たちは激しい口吻でエイゼイシュテインや、シクロフスキー、ムーシナックの理論を論じあっていた。おそらくその数年こそ、日本人がもっとも映画理論をに熱中した時期だといえるだろう。一九二八年にはエイゼイシュテインはモスクワを訪問した市川左団次の演じる歌舞伎『忠臣蔵』を観て、モンタージュ理論の練り上げのさらなる契機を発見していた。だが映画理論の浸透を通して監督の地位が確かなものとなるのと裏腹に、日本人は慨してあるひとつのイデオロギー(キリスト教、トルストイ主義、マルクス主義)から決定的な影響というものを受けとることがなかった。

(四方田犬彦 『日本映画史100年』 集英社新書)
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by JustAChild | 2010-07-11 22:21 | Wards


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