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満映最後の日  甘粕正彦と馬守清

——内田吐夢監督は、自伝「映画監督五十年」(三一書房)で、甘粕理事長の自殺に立ち会ったことを書いています。服毒自殺でしたね、あれは。

西本  青酸カリです。

——敗戦後の一九四五年八月二十日に、理事長室で異様なうめき声とドサリという重い物音がしたので駆けつけたら、甘粕理事長がソファに倒れていたと、内田吐夢は書いています。体温は残っていたけれども、もう息が切れたあとだったと。

西本  それはあるかもわかりませんね。僕なんかは、理事長室なんかに近寄っていきません。まあ、ああいう方は幹部ですからね。嘱託ですから、理事長のところに近づけたんだと思います。
 ただね、甘粕さんの偉さは、敗戦と同時に、自殺する前に会社の全員に平均五千円ずつ日本円でくれているんです。日本が敗れて、満映がつぶれたから、自分ひとりだけ潔く自殺して、社員はほったらかしにしたわけじゃないんです。当時の金額で五千円ですよ。全員五千円です。課長だろうと、部長だろうと、五千円。社員であれば、お茶汲みのおばさんまで五千円です。あのころの五千円というのはすごいですよ。一年間食べていけるぐらいのお金です。

——満映の社員はどのぐらいいたのでしょうか?

西本  製作関係、配給関係、上映関係、事務関係を入れると、やっぱり常時千人近い人数だったんじゃないでしょうか、本社だけで。それに東京支社のほか中国各地に出張所がありますから。満州国の国立会社ですからね。
 敗戦になって、もちろん満映は解散です。日本人社員は全部解散。理事長は自殺しましたしね。解散なんですけれども、一部満映を続けていくために日本人社員は集合、という呼び出しがあったんです。で、僕なんかも含めて日本人は全員残った。日本人は五百名ぐらいだったですかね。それが全部、僕が試験を受けたあの大講堂に集められたんです。誰が理事長になるんだろうと。もちろん中国人ですよね。下馬評はいろいろあったんです。演芸部長をやっていた中国人の何とかさんだろうとか、監督の周曉波だろうとか。
 そしたら、まもなく入ってきたんです、列をつくって。見たら、僕の親友の馬守清が先頭なんですね。あのころ、まだ若いんです。僕より二つ若い。二十二ぐらいですよ。二十三かな。馬守清と四、五人いるんだけど、僕はほかの人はあまり記憶がなくて、見たら馬守清が長靴をはいているんで目を丸くしたんです。で、彼が「私がこの満映の後を引き継いで責任者になりました馬守清です」と。日本語ではっきり言いましたよ。「日本人の皆さんにご協力を仰がなくちゃいけないけれども、帝国主義者は辞めていただきます」と。僕、帝国主義者なんて聞いたの初めてだし(笑)、ただもう、「馬さんじゃないか」とびっくりですよ(笑)。

――敗戦後、中国人が満映を引き継いだということは聞いていましたけれども、それが馬守清たちだったわけですね。

西本  そうなんです。左翼系の人だったんですね。馬さんが製作の責任者になったんですね。僕とは一緒に酒を飲んだりして仲いいんです。「馬君、今日は飲みに行こうか」と、吉野町、日本でいう銀座ですね、そこの裏のおでん屋で一杯やろうじゃないかなんて言って、よく飲みに行った。酒も強いし、僕とどっこいどっこいなんです。その彼がまさかと思って、びっくりですよ(笑)。
 彼の演説を聞いたら「きょうから、とりあえず日本人でも帝国主義は全部排斥します。これに同調される方も排斥。それ以外の方は残っていただいて満映を守っていただきます」という演説なんですね。これで左翼だとわかった。僕は頭山道場の右翼のバリバリですよ(笑)。彼はつまり共産党員だったんでしょうね。あの若さで、指導者の一人として一国の会社をバンと引き継いだんですから。歴史的なドラマチックな一瞬でしたよ、彼が出てきたときは。
 そのあと、今度は国民党がどんどん入ってきました。それで、一時退却です、北に。満映社員も、百名足らずいたなかの一部、五十名前後、それが馬守清なんかと一緒に北に退却ですよ。鶴岡炭鉱というところに。ソ連との国境に近い長春よりさらに北の炭鉱の町ですね、鶴岡は。中国共産党に統治されていた。それで、満映も国民党の長春進攻で鶴岡に撤退して映画製作をつづけることになったんです。それについていかれたのが、内田吐夢さんとか、木村壮十二さんとか、キャメラマンでは、亡くなった気賀靖吾さん、福島宏さん。杉山公平さんは帝国主義者だからだめということになって、谷本精史さんももちろんだめでした。

『香港への道  中川信夫からブルース・リーへ』 西本正/山田宏一・山根貞男 著 (リュミエール叢書35) 筑摩書房 
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by JustAChild | 2010-07-31 01:25 | Wards


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