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セシル・テイラー

 セシル・テイラーの音楽は最初のレコードが出てから四十年以上になる現在でも、スウィングしているかいないかとか、ジャズの伝統を受けついでいるかいないかといった程度のことばで語られている。なかには「ヨーロッパのもの」だとして「クラシック」音楽扱いしようとするものもいるが、それはうまくいかない。「クラシック」であるとはどういうことか。たとえば、こういうことができる。テイラーの演奏は「フリー」であるようにきこえるし、即興されたものだが、それでいて楽句の流れにはバロックの特徴がある。楽句の密度はひじょうに高くて、はっきりした「クラシック」の音の線(ライン)ではなく音の織物(テクスチャー)のようにきこえる。しかもその楽句は互いに対立しあう場合が多いし、曲を性格づける発想、モティーフというよりも音の価値を重視したものだ。テイラーはまた楽句をたいへんな密度で重ねていくから、ともすると互いの区別がつかなくなる。ヨーロッパの伝統を受けつぐだれが、なにがこのアンサンブルに影響しているというのか。
 テイラーが実際にピアノですることと、その疑いなく独自の創造性を考えるとき、かなりのところクラシック音楽を演奏しているかのようだし、これに異論をすかさず唱えられるものもない。だからスウィングしているかいないかとか、ヨーロッパとアフリカの起源のものが互いに対立しているとか、とは関係なくきくほうがいいかもしれない。しかしひとつの伝統に縛られているとみる必要がないなら、テイラーにとってジャズはどんなものにも引けをとらない骨組みになる。とりわけジャズ演奏という観点からテイラーのこれまでの音楽活動をとらえるときにはそうだ。また、テイラーのピアノ表現にはジャズの伝統がかなり息づいているともいえるだろう。デューク・エリントンの1963年の吹きこみで、雷雨のようにたたみかけながらも自由なテンポの"サマータイム Summertime"。もたつきながらもいまにも爆発しそうなエロル・ガーナーのフレイジング。デイヴ・ブルーベックのきっちりとビートに乗ったオンザビート感覚。テイラーのよくある演奏手順を考えてみよう。短い音形をピアノが提示すると、すぐさま、ひとりなり2人のホーン奏者に引きつがれる。音形はつぎつぎに引きつがれることもある。ヨーロッパのクラシック音楽でいうカノン、模倣であり、ポリフォニーから派生した月並みな形式だ。しかしクラシックなニューオリンズバンドのホモフォニーとか「たるんだ(ルース)ユニゾン」としても、ききとることはたやすい。つまりはメシアンよりもの血筋にあたる、と。メシアンはフランスの現代クラシック作曲家で、テイラーがときどき比較される相手だ。
 セシル・テイラーはファンの一部に謎を残し、評論家に課題を残す運命の持ち主だ。しかし、わたしたちの時代を代表する演奏家、作曲家、即興者のひとりであり、その演奏に立ちあうことは人生観が変わるほどの体験になる。


(ジョン・F・スウェッド 『ジャズ・ヒストリー』 諸岡 敏行 訳 P245 青土社)
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by JustAchild | 2010-09-06 03:31 | Wards


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