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ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に/やる

出発 Le départ

 ブリュッセルで美容師見習いとして働いている19歳の少年マルク(ジャン・ピエール・レオー)は、レーサーになることを夢見ている。彼は二日後に予定されているラリーへの出場登録をしているが、肝心の車を持っていない。そこでマルクは、自らの登録車であるポルシェを手に入れるべくあらゆる手段を講じる。

 彼は当初、勤め先の美容院のボスが所有するポルシェをこっそり車庫から拝借してラリーに出場しようとしていたが、ラリー当日にボスがポルシェを使うことが判明する。そこで彼は、同僚の友人にインド王"マハラジャ"の扮装をさせて自分は彼の秘書のふりをし、自動車販売店で一芝居打つ。このときマルクは"マハラジャ"がポルシェを購入したがっており、自分を運転手にして試乗したがっていると販売員を言いくるめ、まんまと車を盗み出すことに成功する。

 そのままポルシェを使って美容院のかつら配達の仕事を始めたマルクは、配達先の一つで若い娘ミシェール(カトリーヌ=イザベル・デュポール)と出会い、仲良くなる。

 ミシェールと別れた後も、マルクは盗んだポルシェで路上を走り廻るが、やがて"マハラジャ"役の友人が彼の前に現れる。事情を知らずに協力させられた友人は、マルクのペテンに気づいて激怒している。彼は激しくマルクを責め立て、果ては取っ組み合いの喧嘩になる。その後、マルクは仕方なくポルシェを返却する。

 次いでマルクは、ポルシェを正式に借りるための保証金を手に入れようと画策し、ミシェールを誘って自動車ショウへと赴く。彼はそこでスペアの部品を盗んで売り払おうと目論んでいたのだが、この計画も失敗に終わる。

 その後マルクとミシェールは、自分たちの所持品で価値のありそうなものをすべて質入れしていまう。しかしそれでも目標額には足りない。思い余ったマルクはミシェールに協力させて路上に駐車してあったポルシェを盗み出すが、後部座席に所有者の飼い犬が乗っていることに気づき、結局返却してしまう。

 やがてマルクのボスが思いがけず戻って来て、問題は解決する。ラリーに出場するために、ボスの車を拝借すればいいのだから。しかしマルクとミシェールは、イベント開催前夜に仮眠をとるために入った会場近くのホテルで寝過ごしてしまい、ラリーに参加することができなくなる。

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c0144309_6594954.jpg 映画の冒頭、トックリのセーターから頭を出すマルクの姿があからさまな陰茎の隠喩に見える他、女性の髪を弄り回す美容師という職業(と中年の顧客女性の性的誘惑)、屋台のホットドッグ売りの存在(車の排気口にソーセージを入れる)、タイヤ用の空気入れが導き出す運動、そして何よりも主題としての車に、性的な匂いを嗅ぎ取ることはたやすい。

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 自己中心的な若者を覚醒させるのが身近な異性である点には、『バリエラ』からの主題の継承が見いだされるが、恋愛感情の萌芽に力点を置いていた『バリエラ』と違い、『出発』で描かれる男女関係では性的な色合いがより強まっているのである。もっとも、『バリエラ』の最後でヤン・ノヴィツキが取った愛する娘への求愛行動(走って来る娘が乗った路面電車を前にして、路線に身体を横たえる)を、本作のレオーも映画の中盤で繰り返す。

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 本作におけるマルク=レオーが、その静止像が動き出した途端に走り出し、以後敏捷かつ精力的、大仰かつ攻撃的に休むことなく動き続ける(エレベーターを待つ間でさえせわしなく階段を行ったり来たりし、門の開閉を待ちきれずにそれを飛び越える)のも、二つの静止像に挟まれた動く画としての「映画」を意識しての所作に思えてくる。同時にそれは、主題歌が唱える歌詞(『心ならずも/私たちの周囲は/いつも虚ろ』とうたわれる)に応じる形で、「虚ろ=無為」を狂騒で埋め合わせる行為にも見える

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c0144309_71149.jpg
 映画は形式的に、自ら作り上げた円環を閉じるようにして終わる。前述した通り、マルクが着ている途中のセーターから頭を出す瞬間の静止像が動き出し、次いで彼がポルシェめがけて走り出すことで始まる本作は、以下のような形で文字通り自らに終止符を打つからである。
 ラリー開催当日、窓外を何台もの車が走り抜けて行く騒音で目覚めたミシェールは、マルクがまだホテルの部屋に留まっているのに気づいて驚く。しかしマルクの態度は、それまでとは打って変わって落ち着いたものになっている。ここで彼が執着の対象であった車を諦め、ミシェールの方を選んだのだということがはっきりする。いつまでもベッドに横たわっているミシェールを起こそうとシーツを剥がしたマルクは、そこに全裸になって自分を待つ彼女の姿を認め、驚いていったん目をそむけた後で、もう一度ゆっくりと彼女の方に向き直る。その瞬間、マルクの顔が静止する。マルクの像が静止した直後、その静止像が炎と共に歪み、グロテスクに爛れ、焼け落ちて映画は終わる。

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 この最後の場面の少し前、ミシェールがマルクに、幼少時からごく最近までの自らの成長を記録したスライド写真を年代順に見せるくだりがある。ミシェールが途中で眠り込んでしまうために、成熟した娘の段階に至った彼女をとらえた写真がスライド機材の熱で焼け爛れてしまうのだが、このくだりは本作の最後の瞬間を予告しそれと対をなすことで、おそらく焼けた写真の段階でミシェールはマルクがこれから迎えようとする瞬間を経験済みなのだろうと想像させる。


(遠山純生編 『紀伊國屋映画叢書・1 イエジー・スコリモフスキ 』 P79 紀伊國屋書店)
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by JustAchild | 2010-09-06 02:25 | Wards

出発 Le départ

 ブリュッセルで美容師見習いとして働いている19歳の少年マルク(ジャン・ピエール・レオー)は、レーサーになることを夢見ている。彼は二日後に予定されているラリーへの出場登録をしているが、肝心の車を持っていない。そこでマルクは、自らの登録車であるポルシェを手に入れるべくあらゆる手段を講じる。

 彼は当初、勤め先の美容院のボスが所有するポルシェをこっそり車庫から拝借してラリーに出場しようとしていたが、ラリー当日にボスがポルシェを使うことが判明する。そこで彼は、同僚の友人にインド王"マハラジャ"の扮装をさせて自分は彼の秘書のふりをし、自動車販売店で一芝居打つ。このときマルクは"マハラジャ"がポルシェを購入したがっており、自分を運転手にして試乗したがっていると販売員を言いくるめ、まんまと車を盗み出すことに成功する。

 そのままポルシェを使って美容院のかつら配達の仕事を始めたマルクは、配達先の一つで若い娘ミシェール(カトリーヌ=イザベル・デュポール)と出会い、仲良くなる。

 ミシェールと別れた後も、マルクは盗んだポルシェで路上を走り廻るが、やがて"マハラジャ"役の友人が彼の前に現れる。事情を知らずに協力させられた友人は、マルクのペテンに気づいて激怒している。彼は激しくマルクを責め立て、果ては取っ組み合いの喧嘩になる。その後、マルクは仕方なくポルシェを返却する。

 次いでマルクは、ポルシェを正式に借りるための保証金を手に入れようと画策し、ミシェールを誘って自動車ショウへと赴く。彼はそこでスペアの部品を盗んで売り払おうと目論んでいたのだが、この計画も失敗に終わる。

 その後マルクとミシェールは、自分たちの所持品で価値のありそうなものをすべて質入れしていまう。しかしそれでも目標額には足りない。思い余ったマルクはミシェールに協力させて路上に駐車してあったポルシェを盗み出すが、後部座席に所有者の飼い犬が乗っていることに気づき、結局返却してしまう。

 やがてマルクのボスが思いがけず戻って来て、問題は解決する。ラリーに出場するために、ボスの車を拝借すればいいのだから。しかしマルクとミシェールは、イベント開催前夜に仮眠をとるために入った会場近くのホテルで寝過ごしてしまい、ラリーに参加することができなくなる。

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c0144309_6594954.jpg 映画の冒頭、トックリのセーターから頭を出すマルクの姿があからさまな陰茎の隠喩に見える他、女性の髪を弄り回す美容師という職業(と中年の顧客女性の性的誘惑)、屋台のホットドッグ売りの存在(車の排気口にソーセージを入れる)、タイヤ用の空気入れが導き出す運動、そして何よりも主題としての車に、性的な匂いを嗅ぎ取ることはたやすい。

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 自己中心的な若者を覚醒させるのが身近な異性である点には、『バリエラ』からの主題の継承が見いだされるが、恋愛感情の萌芽に力点を置いていた『バリエラ』と違い、『出発』で描かれる男女関係では性的な色合いがより強まっているのである。もっとも、『バリエラ』の最後でヤン・ノヴィツキが取った愛する娘への求愛行動(走って来る娘が乗った路面電車を前にして、路線に身体を横たえる)を、本作のレオーも映画の中盤で繰り返す。

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 本作におけるマルク=レオーが、その静止像が動き出した途端に走り出し、以後敏捷かつ精力的、大仰かつ攻撃的に休むことなく動き続ける(エレベーターを待つ間でさえせわしなく階段を行ったり来たりし、門の開閉を待ちきれずにそれを飛び越える)のも、二つの静止像に挟まれた動く画としての「映画」を意識しての所作に思えてくる。同時にそれは、主題歌が唱える歌詞(『心ならずも/私たちの周囲は/いつも虚ろ』とうたわれる)に応じる形で、「虚ろ=無為」を狂騒で埋め合わせる行為にも見える

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c0144309_71149.jpg
 映画は形式的に、自ら作り上げた円環を閉じるようにして終わる。前述した通り、マルクが着ている途中のセーターから頭を出す瞬間の静止像が動き出し、次いで彼がポルシェめがけて走り出すことで始まる本作は、以下のような形で文字通り自らに終止符を打つからである。
 ラリー開催当日、窓外を何台もの車が走り抜けて行く騒音で目覚めたミシェールは、マルクがまだホテルの部屋に留まっているのに気づいて驚く。しかしマルクの態度は、それまでとは打って変わって落ち着いたものになっている。ここで彼が執着の対象であった車を諦め、ミシェールの方を選んだのだということがはっきりする。いつまでもベッドに横たわっているミシェールを起こそうとシーツを剥がしたマルクは、そこに全裸になって自分を待つ彼女の姿を認め、驚いていったん目をそむけた後で、もう一度ゆっくりと彼女の方に向き直る。その瞬間、マルクの顔が静止する。マルクの像が静止した直後、その静止像が炎と共に歪み、グロテスクに爛れ、焼け落ちて映画は終わる。

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 この最後の場面の少し前、ミシェールがマルクに、幼少時からごく最近までの自らの成長を記録したスライド写真を年代順に見せるくだりがある。ミシェールが途中で眠り込んでしまうために、成熟した娘の段階に至った彼女をとらえた写真がスライド機材の熱で焼け爛れてしまうのだが、このくだりは本作の最後の瞬間を予告しそれと対をなすことで、おそらく焼けた写真の段階でミシェールはマルクがこれから迎えようとする瞬間を経験済みなのだろうと想像させる。


(遠山純生編 『紀伊國屋映画叢書・1 イエジー・スコリモフスキ 』 P79 紀伊國屋書店)
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by JustAchild | 2010-09-06 02:25 | Wards


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