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ヴィルモス・スィグモンド  ソースライティングから出発し、自分自身の光源を作り上げる

――何かにライティングをするのだけれども、ライティングしているようには見せたくないという時、忘れてはいけないことは何ですか?

スィグモンド ハンガリーのライティングの授業では、私が学生だった時のことですが、「まず初めに光源を決めること」と言う教授がいた。ろうそくの明かりで撮るという授業ではずいぶん研究しました。テーブルの上にろうそくを置いて電気を消し、ろうそくがどう部屋を照らすかを見る。このように、まず基本的に自然のものからスタートする。何かを本物に見せたい時は、基本的に現実に見えるとおりを模写するわけです。映画を見にきた観客には何がリアルで何がそうでないかがわかる。だから、部屋のこの隅にスタンドがあれば、その隅から光を当てようとするだろうし、デイライトがここまで達していて、あそこに暖色の明かりがあれば、両者をミックスしようとするでしょう。そういうように現実を模倣しなければならない。ところが、絵画を勉強してみると、あるがままとは違う例に頻繁に出くわす。それはそのほうがもっといいやり方だと画家が判断したんだ。ベストのライティングとは観客がリアルだと感じた時のものなんだ。自然のままのものと比べてみても、そちらのほうが優れている時がある。俳優の顔を影にしておいても観客がたいして気にしないことはよくある。また退屈なこともある。そこで半分シルエットにしたりするんです。こういったことは撮影者にしか決められません。セットにいるほかの誰も気付きさえしないかもしれない。普通の監督でも無理でしょう。ですから自分の好みの監督と組むことがとても大切なのです。

――では、ソースライティングから出発するけれども、いつでもそこからそれることができるように、というか、自分自身の光源が作り出せるようにしないといけないわけですね。

スィグモンド おっしゃるとおりです。自分自身の光源を作り上げるわけです。どんなセットで撮る時も、美術監督と真っ先に打ち合わせることは光源はどこかということです。私との仕事になると、このことを知っていて、美術監督の人はこちらが訊ねる前に答えてくれる。光源がなければもちろんライティングにならないわけで、それでは退屈だ。自分にとって一番退屈なのは、例えばスーパーマーケットのような上からの蛍光灯照明ですね。だからそこによく手を加えます。普通の場合、上からの照明はそのまま使うけれど、そこにスーパーには存在しない柔らかいサイドライトを持ってくる。でも、柔らかい光なので誰もおかしいとは思わない。リアルでかつ興味深いルックが出来上がります。よりモデリングの幅が広くなり、ルックとしてもいくらか上質のものとなるわけです。


(デニス・シェファー、ラリー・サルヴァート 『マスターズ・オブ・ライト アメリカン・シネマの撮影監督たち』  訳:高間賢治 他 フィルムアート社 P353)
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by JustAChild | 2010-09-10 06:26 | Wards


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