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ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に

山田宏一   ブリジット・バルドーは探偵ごっこがお好き

 べべの最愛の夫(アンリ・ヴィダル)は若くてハンサムな歯医者さん。妖艶な美人ダンス教師(ドーン・アダムス)が彼をさかんに誘惑しようとしていることをべべは知っている。その美人ダンス教師が殺された。しかも、彼女の死体のかたわらには、こともあろうに、彼がピストルを手にして呆然と立ちつくしていた。もちろん、彼は無実、"あたしの彼"が殺人など犯すわけがないのだから。でも、警察はきっと彼を殺人容疑で逮捕するにちがいない。そのまえに、なんとかして真犯人を見つけださなければ!
 そこで、べべは、殺された美女のダンス教室にもぐりこみ(もちろん踊りはセックス同様得意中の得意なべべのことだからダンスの先生というふれこみで雇われる)、被害者の周辺をさぐってみると、怪しい人物がゾロゾロ出てくる。なかでも、ゲイ・バーのダンサーのフィリップ・ニコーが、どうも、くさい……。
 『気分を出してもう一度』(ミシェル・ボワロン監督、1959年)のブリジット・バルドーは、こうして、そそくさと事件の現場に出かけていき、独自の捜査を開始、そして、そんな彼女の素人探偵ぶりにうんざりさせられながらもじっとイライラして辛抱強く耐えてくれる警部さん(ポール・フランクール)の力を借りて、見事、真犯人をとらえてみせる。

<中略>

 ミシェル・ボワロン喜劇のべべは浮世の苦しみなど知らぬわがまま放題のブルジョワ娘。『気分を出してもう一度』の彼女が、アンリ・ヴィダル――というのは実生活ではミシェール・モルガンの若い夫で、『リラの門』(ルネ・クレール監督、1957年)でダニー・カレルを地下室にひっぱりこんで誘惑したセクシーで色男の殺人犯であるが、ミシェル・ボワロン喜劇ではいつもべべの愛する夫の役である――の演じるハンサムな歯医者さんを好きになって"しゃにむに"自分のものにしてしまったことは想像に難くない。実際、パパ(ノエル・ロクヴェール)の猛反対を押し切って、彼女はこの素敵な歯医者さんと結婚したのである。彼女はもちろんパパも大好きだが、歯医者さんの彼のほうがもっと好きなのだ。好きで好きでたまらないから、診察室にまで彼のあとをついていって、白衣を着こみ、患者などそっちのけにして、彼とベタベタ、キスばかりしている。その大好きな彼が濡れ衣を着せられて犯罪事件に巻き込まれたのである。べべとしては黙っているわけにはいかない。というわけで、この"神聖なお転婆娘"の探偵ごっこがはじまるのだ。
 ところが、この素人探偵は踊りに目がない。踊りはもちろん彼女にとってはセックスの代名詞である。その最も象徴的なシーンが、ダンス教室のホールで、"ふとって身軽な"ダリオ・モレノと陽気で快活なマンボを踊り狂うところ。『素直な悪女』の有名なマンボのシーン以上に心ときめく軽やかなたのしさにあふれていた――何もかも忘れてひたすらマンボを踊ることだけに身も心も浮かれ狂うべべの生きる歓びが、高らかな笑い声になってほとばしり出ていた忘れがたいシーンだ。
 すばらしいのは、べべの身の軽さである。マリリン・モンローは、たぶん、運動会の百メートル競走ではいつでもビリで、それがまた男性たちの拍手喝采を浴びることになるだろう。しかし、べべはけっしてビリにはならない――思ったよりもずっと身軽で、敏捷で、走るのが速いのである。もちろん、ミレーユ・ダルクのあの動物のような狡猾な疾走ぶりにはかなわないとしても。
 ミレーユ・ダルクも、ジョルジュ・ロートネル監督の抱腹絶倒暗黒活劇では、よく犯罪に首を突っこんだ。だが、彼女はひどく"こわがり"だし、そして逃げ足も早い。『気分を出してもう一度』のべべは、けっして大胆不敵というわけでもなく逃げ足が遅いわけでもないのだが、それにしても好奇心が強すぎるのである。もっとも、子供のような好奇心でフィリップ・ニコーの女装とメーキャップを穴のあくほど見つめているうちに、犯罪の謎をとくカギを発見するのであるが――。
 『ジャガーの眼』(クロード・シャブロル監督、1965年)のマリー=シャンタル(マリー・ラフォレ)のようにべべは何不自由ない都会の生活に退屈していたわけではないのだが、しかしいざ犯罪事件に巻きこまれたとなると、マリー=シャンタルも顔負けの冒険好きなのである。

(山田宏一 『新編 美女と犯罪』 ワイズ出版 P208)
by JustAChild | 2010-09-24 17:42 | Wards

山田宏一   ブリジット・バルドーは探偵ごっこがお好き

 べべの最愛の夫(アンリ・ヴィダル)は若くてハンサムな歯医者さん。妖艶な美人ダンス教師(ドーン・アダムス)が彼をさかんに誘惑しようとしていることをべべは知っている。その美人ダンス教師が殺された。しかも、彼女の死体のかたわらには、こともあろうに、彼がピストルを手にして呆然と立ちつくしていた。もちろん、彼は無実、"あたしの彼"が殺人など犯すわけがないのだから。でも、警察はきっと彼を殺人容疑で逮捕するにちがいない。そのまえに、なんとかして真犯人を見つけださなければ!
 そこで、べべは、殺された美女のダンス教室にもぐりこみ(もちろん踊りはセックス同様得意中の得意なべべのことだからダンスの先生というふれこみで雇われる)、被害者の周辺をさぐってみると、怪しい人物がゾロゾロ出てくる。なかでも、ゲイ・バーのダンサーのフィリップ・ニコーが、どうも、くさい……。
 『気分を出してもう一度』(ミシェル・ボワロン監督、1959年)のブリジット・バルドーは、こうして、そそくさと事件の現場に出かけていき、独自の捜査を開始、そして、そんな彼女の素人探偵ぶりにうんざりさせられながらもじっとイライラして辛抱強く耐えてくれる警部さん(ポール・フランクール)の力を借りて、見事、真犯人をとらえてみせる。

<中略>

 ミシェル・ボワロン喜劇のべべは浮世の苦しみなど知らぬわがまま放題のブルジョワ娘。『気分を出してもう一度』の彼女が、アンリ・ヴィダル――というのは実生活ではミシェール・モルガンの若い夫で、『リラの門』(ルネ・クレール監督、1957年)でダニー・カレルを地下室にひっぱりこんで誘惑したセクシーで色男の殺人犯であるが、ミシェル・ボワロン喜劇ではいつもべべの愛する夫の役である――の演じるハンサムな歯医者さんを好きになって"しゃにむに"自分のものにしてしまったことは想像に難くない。実際、パパ(ノエル・ロクヴェール)の猛反対を押し切って、彼女はこの素敵な歯医者さんと結婚したのである。彼女はもちろんパパも大好きだが、歯医者さんの彼のほうがもっと好きなのだ。好きで好きでたまらないから、診察室にまで彼のあとをついていって、白衣を着こみ、患者などそっちのけにして、彼とベタベタ、キスばかりしている。その大好きな彼が濡れ衣を着せられて犯罪事件に巻き込まれたのである。べべとしては黙っているわけにはいかない。というわけで、この"神聖なお転婆娘"の探偵ごっこがはじまるのだ。
 ところが、この素人探偵は踊りに目がない。踊りはもちろん彼女にとってはセックスの代名詞である。その最も象徴的なシーンが、ダンス教室のホールで、"ふとって身軽な"ダリオ・モレノと陽気で快活なマンボを踊り狂うところ。『素直な悪女』の有名なマンボのシーン以上に心ときめく軽やかなたのしさにあふれていた――何もかも忘れてひたすらマンボを踊ることだけに身も心も浮かれ狂うべべの生きる歓びが、高らかな笑い声になってほとばしり出ていた忘れがたいシーンだ。
 すばらしいのは、べべの身の軽さである。マリリン・モンローは、たぶん、運動会の百メートル競走ではいつでもビリで、それがまた男性たちの拍手喝采を浴びることになるだろう。しかし、べべはけっしてビリにはならない――思ったよりもずっと身軽で、敏捷で、走るのが速いのである。もちろん、ミレーユ・ダルクのあの動物のような狡猾な疾走ぶりにはかなわないとしても。
 ミレーユ・ダルクも、ジョルジュ・ロートネル監督の抱腹絶倒暗黒活劇では、よく犯罪に首を突っこんだ。だが、彼女はひどく"こわがり"だし、そして逃げ足も早い。『気分を出してもう一度』のべべは、けっして大胆不敵というわけでもなく逃げ足が遅いわけでもないのだが、それにしても好奇心が強すぎるのである。もっとも、子供のような好奇心でフィリップ・ニコーの女装とメーキャップを穴のあくほど見つめているうちに、犯罪の謎をとくカギを発見するのであるが――。
 『ジャガーの眼』(クロード・シャブロル監督、1965年)のマリー=シャンタル(マリー・ラフォレ)のようにべべは何不自由ない都会の生活に退屈していたわけではないのだが、しかしいざ犯罪事件に巻きこまれたとなると、マリー=シャンタルも顔負けの冒険好きなのである。

(山田宏一 『新編 美女と犯罪』 ワイズ出版 P208)
by JustAChild | 2010-09-24 17:42 | Wards


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