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ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に/やる

山口淑子とリュバ・モノソファ・グリーネッツ 2

 昭和20年
 その年の六月二十三―二十五日、上海一豪華な大光明大戯院(グランド・シアター)でリサイタルの幕が開いた。昼夜二回、三日間のステージである。中国人が作曲した「夜来香」をモチーフに地元の上海交響楽団が演奏する。服部さんと並んで中国の有名な作曲家、陳歌辛も棒を振る。中国人の人々の期待は大きかった。そして幕が上がると、そこには早くも興奮が渦巻いていた。
 第一部が陳昌寿作曲の「水上」の演奏と「蘇州夜曲」「百蘭の歌」。第二部がヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」の演奏、西洋と中国の歌曲。陳歌辛がタクトを振った。
 第三部が「夜来香幻想曲」。白い中国服を着た私とオーケストラが輪唱のように掛け合う。続けて衣装を替え、民謡「売夜来香」のメロディーに寄り添うのは胡弓の音。白い可憐な花、夜来香が入った籠から一本を手に取って「夜来香はいかが」と台詞を言うたびに、何人かの観客がステージに駆け上がった。
 ルンバ、ワルツ、ブギウギに編曲された「夜来香」を次々に歌う。アンコールを何曲歌っても観客は帰らなかった。拍手の嵐がいまも耳に残る。
 最終日の最終公演が終わった。楽屋に帰ろうとした私を呼び止める声があった。
 「よしこちゃん、よしこちゃん」。美しい白人の女性が人込みの中から近づいてきた。
 奉天から忽然と消えたリュバが、いまそこにいる。

 それは間違いなくリュバだった。顔には昔の面影がくっきりと残っている。後ろに両親が立っていた。
 「ポスターの写真をみるとよしこちゃんそっくりなので、まさかと思ってきてみたの。どうして女優になったの? いつ上海にきたの?」
 リュバは相変わらず早口の日本語で聞く。だが聞きたいのはこっちの方だった。一体何があって奉天から一家そろって消えてしまったのか。あれから何があり、いま上海で何をしているのか。
 その夜、フランス租界にあるリュバの家に行った。応接間に入ると壁にソ連国旗とスターリンの肖像画が掛かっていた。亡命白系ロシア人と思っていたリュバの一家は、実はボルシェビキ(共産党員)だったのだ。父親はソ連共産党機関誌「プラウダ」や国営タス通信がらみの仕事をし、リュバは通訳をしていた。

<中略>

 裁判を待っている私をリュバが訪ねてきた。戦勝国民であるリュバは比較的自由に収容所に出入りできた。
 川喜多さんが調べた通り、私のスパイ容疑は晴れたのだとリュバは言った。そして「日本人と証明できればいいのよ。国籍をはっきり書いたものとか、身分証明書とか文書になったものはないの? あれば無罪放免よ。私、力になるわ」。
 その言葉に川喜多さんが膝を打った。「そうだ、北京の両親のところには日本から取り寄せた戸籍謄本があるはずだ」。在留日本人は何かのときに備えて誰もが戸籍謄本を何通か持っている。それが手に入れば日本人と証明できるかもしれない。
 「北京に行って戸籍謄本を持ってきてちょうだい」
 「わかったわ。何とか北京に出張する口実を考えるわ」
 リュバの笑顔が頼もしかった。

<中略>

 リュバからは何の連絡もなかった。北京に行く時間がないのだろうか。じりじりしていたある日、木箱が届いた。開けてみると、私が子どものころから大事にしていた日本人形が入っていた。リュバが北京の家から持ってきてくれたものに違いない。


 木箱には藤娘の人形が入っていた。懐かしいその人形を確かめたが、変わったところはない。だが、よく見ると帯が不自然に盛り上がり、指先にごわごわとした感触が伝わる。そっと帯をほどいた。
 あっ、あった。これだ。
 中から出てきたのは、ガリ版刷りの小さな紙片。佐賀県杵島郡北方村大字志久5819に本籍を持つ日本人、山口淑子の戸籍謄本だった。
 リュバは北京の両親を訪ね、戸籍謄本が必要なことを説明した。両親は思案した。下手な渡し方をしてはリュバに迷惑がかかる。そこで思いついたのが謄本を人形の帯に挟み込むことだった両親は人形を託すとき、そのことをリュバに話さなかった。
 リュバも黙って人形を預かり、上海に戻ってきた。しかし直接持ってはこなかった。ソ連国民の自分が私とつながりがあることを知られると、私に降りかかっているスパイ疑惑に油を注ぐのではないかと心配したからだった。人形は使いの人を通じて私のもとに届けられた。私は両親とリュバの細やかな心づかいに、ただ感謝した。


(山口淑子 『「李香蘭」を生きて 私の履歴書』 日本経済新聞社 P20)
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by JustAChild | 2010-08-12 17:06 | Wards

山口淑子とリュバ・モノソファ・グリーネッツ 2

 昭和20年
 その年の六月二十三―二十五日、上海一豪華な大光明大戯院(グランド・シアター)でリサイタルの幕が開いた。昼夜二回、三日間のステージである。中国人が作曲した「夜来香」をモチーフに地元の上海交響楽団が演奏する。服部さんと並んで中国の有名な作曲家、陳歌辛も棒を振る。中国人の人々の期待は大きかった。そして幕が上がると、そこには早くも興奮が渦巻いていた。
 第一部が陳昌寿作曲の「水上」の演奏と「蘇州夜曲」「百蘭の歌」。第二部がヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」の演奏、西洋と中国の歌曲。陳歌辛がタクトを振った。
 第三部が「夜来香幻想曲」。白い中国服を着た私とオーケストラが輪唱のように掛け合う。続けて衣装を替え、民謡「売夜来香」のメロディーに寄り添うのは胡弓の音。白い可憐な花、夜来香が入った籠から一本を手に取って「夜来香はいかが」と台詞を言うたびに、何人かの観客がステージに駆け上がった。
 ルンバ、ワルツ、ブギウギに編曲された「夜来香」を次々に歌う。アンコールを何曲歌っても観客は帰らなかった。拍手の嵐がいまも耳に残る。
 最終日の最終公演が終わった。楽屋に帰ろうとした私を呼び止める声があった。
 「よしこちゃん、よしこちゃん」。美しい白人の女性が人込みの中から近づいてきた。
 奉天から忽然と消えたリュバが、いまそこにいる。

 それは間違いなくリュバだった。顔には昔の面影がくっきりと残っている。後ろに両親が立っていた。
 「ポスターの写真をみるとよしこちゃんそっくりなので、まさかと思ってきてみたの。どうして女優になったの? いつ上海にきたの?」
 リュバは相変わらず早口の日本語で聞く。だが聞きたいのはこっちの方だった。一体何があって奉天から一家そろって消えてしまったのか。あれから何があり、いま上海で何をしているのか。
 その夜、フランス租界にあるリュバの家に行った。応接間に入ると壁にソ連国旗とスターリンの肖像画が掛かっていた。亡命白系ロシア人と思っていたリュバの一家は、実はボルシェビキ(共産党員)だったのだ。父親はソ連共産党機関誌「プラウダ」や国営タス通信がらみの仕事をし、リュバは通訳をしていた。

<中略>

 裁判を待っている私をリュバが訪ねてきた。戦勝国民であるリュバは比較的自由に収容所に出入りできた。
 川喜多さんが調べた通り、私のスパイ容疑は晴れたのだとリュバは言った。そして「日本人と証明できればいいのよ。国籍をはっきり書いたものとか、身分証明書とか文書になったものはないの? あれば無罪放免よ。私、力になるわ」。
 その言葉に川喜多さんが膝を打った。「そうだ、北京の両親のところには日本から取り寄せた戸籍謄本があるはずだ」。在留日本人は何かのときに備えて誰もが戸籍謄本を何通か持っている。それが手に入れば日本人と証明できるかもしれない。
 「北京に行って戸籍謄本を持ってきてちょうだい」
 「わかったわ。何とか北京に出張する口実を考えるわ」
 リュバの笑顔が頼もしかった。

<中略>

 リュバからは何の連絡もなかった。北京に行く時間がないのだろうか。じりじりしていたある日、木箱が届いた。開けてみると、私が子どものころから大事にしていた日本人形が入っていた。リュバが北京の家から持ってきてくれたものに違いない。


 木箱には藤娘の人形が入っていた。懐かしいその人形を確かめたが、変わったところはない。だが、よく見ると帯が不自然に盛り上がり、指先にごわごわとした感触が伝わる。そっと帯をほどいた。
 あっ、あった。これだ。
 中から出てきたのは、ガリ版刷りの小さな紙片。佐賀県杵島郡北方村大字志久5819に本籍を持つ日本人、山口淑子の戸籍謄本だった。
 リュバは北京の両親を訪ね、戸籍謄本が必要なことを説明した。両親は思案した。下手な渡し方をしてはリュバに迷惑がかかる。そこで思いついたのが謄本を人形の帯に挟み込むことだった両親は人形を託すとき、そのことをリュバに話さなかった。
 リュバも黙って人形を預かり、上海に戻ってきた。しかし直接持ってはこなかった。ソ連国民の自分が私とつながりがあることを知られると、私に降りかかっているスパイ疑惑に油を注ぐのではないかと心配したからだった。人形は使いの人を通じて私のもとに届けられた。私は両親とリュバの細やかな心づかいに、ただ感謝した。


(山口淑子 『「李香蘭」を生きて 私の履歴書』 日本経済新聞社 P20)
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by JustAChild | 2010-08-12 17:06 | Wards


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