justachild.exblog.jp
ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に/やる

ロベルト・ボラーニョ 人には詩を読むべきときと、拳を振り回すべきときがある

一瞬、大学で何か起きたのかもしれないと思った。キャンパス内で僕の知らない発砲事件があったとか、突然のストライキがあったとか、学部長が殺されたとか、哲学科の教授が誘拐されたとか。でも、そんな事件はひとつも起きていなかったのだから、実際のところはぴりぴりする理由などなかった。少なくとも客観的には、誰もぴりぴりする必要なんてなかった。でも、詩(本物の詩)とはそういうものだ。予感させ、空気の中に存在感を示すもの。ある種の動物(蛇とか毛虫とかネズミとかある種の鳥たち)は地震を予知すると言われているが、とりわけその種の能力に長けた動物が予知する地震みたいなものだ。それに続いて起こったことは、あっという間ではあったけれど、あえて気取った言い方をするなら驚異的とでも呼べそうな何かを帯びていた。はらわたリアリストの詩人が二人やってきて、アラモは不承不承、彼らを僕たちに紹介した。アラモは一方としか面識がなく、もう一人については、噂に聞いていたか名前を知っていただけか、誰かに話を聞いただけだったけれど、彼のことも紹介してくれた。

 二人が何を求めてそこに来たかは分からない。明らかに戦略的な訪問のように見えたけれど、宣伝や勧誘活動の雰囲気もなくはなかった。最初のうち、はらわたリアリストたちは黙っていた。というか、おとなしくしていた。アラモのほうは、ちょっと皮肉まじりの外交的な態度を決め込んで成り行きを見守っていたが、よそ者がおとなしくしているのを見てだんだん強気になり、三十分も経つと普段のゼミに戻っていた。そのとき争いが始まった。はらわたリアリストたちはアラモが操る批評の体系に疑義を唱え、一方のアラモは、はらわたリアリストたちを三流のシュルレアリスト、似非マルクス主義者呼ばわりし、五人のゼミ生が奴の加勢に回った。すなわち、いつもルイス・キャロルの本を持ち歩いていてほとんど発言しない痩せぎすの男の子と僕以外の全員が、アラモの側についたのだ。僕は彼らの態度に正直驚いた。なにしろアラモを熱く支持したのは、それまで奴の容赦ない批判にじっと耐えていた当の連中で、それが今じゃ(驚いたことに)奴のもっとも熱心な信奉者みたいな顔をしているのだから。その瞬間、僕も一石投じることに決め、リスペットの意味ひとつ知らないじゃないかとアラモを非難してやった。はらわたリアリストたちはそんなことは俺たちも知らんと公然と認めたが、それでも僕の意見はもっともなものに思えたらしく、実際彼らはそう言った。それから一人が、君は歳はいくつだと訊くので、僕は十七歳だと答えて、もう一度リスペットの意味を説明しようとした。アラモの顔が怒りで真っ赤になっていた。ゼミ生たちは僕のことを訳知り顔な野郎だと責め(学者気取りだと言う奴もいた)、はらわたリアリストたちは僕をかばった。もはや歯止めのきかなくなった僕は、アラモとゼミ生の全員に向かって、では少なくともニカルケオとテトラスティコは覚えているでしょうね、と訊ねてやった。すると誰も答えられなかった。

 期待に反して、議論が全員入り乱れての殴り合いに変わることはついになかった。白状すると、そうなればいいなと思ったのだけど。ゼミ生の一人がウリセス・リマに、いつか顔をボコボコにしてやると凄んでいたというのに、結局は何も起こらず、つまり暴力沙汰にはならず、僕はその脅しの文句(繰り返すけど僕に向けられたものじゃない)に応じて、脅迫してきた相手に、キャンパス内のどこでもいい、いつでも好きなときにかかってこいと言ってやった。

 その夜の集まりは思いがけない終わり方をした。アラモがウリセス・リマに、自作の詩を一つ読んでみろ、と挑発したのだ。ウリセスは待ってましたとばかりに、上着のポケットから汚いくしゃくしゃの紙切れを取り出した。なんてこった、と僕は思った。こいつは自分から罠に飛び込んでいきやがった。僕は彼が恥をかくところを想像して目を閉じたと思う。人には詩を読むべきときと、拳を振り回すべきときがある。僕にとってこの瞬間は後者だった。今言ったように僕は目を閉じて、リマの咳払いを聞き、彼の周りにいささか気まずい沈黙ができていくのを聞いていた(沈黙が聞こえるならの話。まさかね)。そして沈黙の果てに彼の声が聞こえてきたかと思うと、その声は、それまで聞いたこともない素晴らしい詩を読み上げた。その後、アルトゥーロ・ベラーノが立ち上がり、はらわたリアリストが出そうとしている雑誌に寄稿してくれる詩人を募集していると言った。本来なら誰もが手を挙げたところだろうけど、なにしろ口論のあとだけあってやや気後れしたのか、誰も口を開かなかった。(いつもより遅い時間に)ゼミが終わると、僕は二人と一緒にバス停に向かった。もう遅すぎた。路線バスは一台もなかったので、乗合バスで一緒にレフォルマ大通りまで行くことにし、そこからは歩いてブカレリ通りの酒場へ行き、そこで遅くまでずっと詩について語り合った。

 はっきりしない話ばかりだった。グループの名前はある意味冗談でもあり、またある意味いたって真面目でもあった。何年も前にはらわたリアリストを名乗るメキシコのアヴァンギャルド集団があったと思うけれど、彼らが作家だったのか、画家だったのか、ジャーナリストだったのか、革命家だったのかは知らない。彼らの活動時期は、これもあまりはっきりしないが、二〇年代から三〇年代にかけてのことだった。もちろん僕はそんな集団の話など一度も聞いたことがなかったが、それは僕が文学に関して知らないことが多すぎるせいだ(世界中の本が僕に読んでもらうのを待っている)。アルトゥーロ・ベラーノによると、はらわたリアリストたちはソノラ砂漠で消息を絶ったという。そのあと二人は、セサレア・ティナヘーロだかティナーハだか、よく覚えていないけれど、そんな名前の人物を引き合いに出し、そのとき僕は店員にビールを持ってきてくれと叫んでいたと思う。それから二人はロートレアモン伯爵の『ポエジー』について、その『ポエジー』の中の、ティナヘーロとかいう女と関係のある何かについて話、そのあとでリマが謎めいた主張をした。彼によると、現代のはらわたリアリストは後ろ向きに歩いているという。後ろ向きにって、どうやって?と僕は尋ねた。

「振り向いて、ある一点を見つめて、だがそこから遠ざかっていくんだ、未知なるものへ向かってまっすぐに」

 そんなふうに歩くのは素晴らしいと思う、と僕は言ったけれど、実はさっぱり分からなかった。よく考えてみたら最悪の歩き方だ。

 もっと遅い時間に、数人の詩人がやってきた。はらわたリアリストもいればそうでない人もいて、とてつもない大騒ぎになった。僕は一瞬、ベラーノとリマはテーブルに群がってくる変てこな連中誰も彼もを相手にするのに忙しくて、僕のことなんかすっかり忘れてしまったんじゃないかと思ったけれど、夜が明けようとするころ、二人から仲間に加わらないかと声をかけられた。彼らが「グループ」とか「運動」とか言わずに、仲間と言ったのが気に入った。もちろんそうすると答えた。なんともあっさりしたものだった・二人のうちの一方、というのはベラーノだが、彼が僕の手を握り、これで君も仲間だと言い、それからみんなでランチェーラ〔メキシコの伝統的民衆歌の一つ〕を一曲歌った。それで終わり。その歌は、北部の失われた村々と一人の女の瞳について歌っていた。店の外に出てゲロを吐く前に、その瞳というのはセサレア・ティナヘーロの瞳のことかと尋ねた。ベラーノとリマは僕を見つめ、君ももうすっかりはらわたリアリストだな、一緒にラテンアメリカの詩を変革しよう、と言った。朝の六時、今度は一人で別の乗合バスに乗って、リンダビスタ地区まで帰った。僕はそこに住んでいる。今日は授業に行かなかった。一日中、部屋にこもって詩を書いていた。


(ロベルト・ボラーニョ 『野性の探偵たち』 [訳]:柳原孝敦 松本健二 白水社 P19 )
[PR]
by JustAChild | 2010-10-08 05:17 | Wards


ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に/やる


by JUSTAchild

プロフィールを見る

カテゴリ

A
B
C
D
E
F
G
H
I
J
K
L
M
N
O
P
Q
R
S
T
U
V
W
X
Y
Z
Wards

以前の記事

2016年 04月
2015年 01月
2014年 06月
2012年 12月
2012年 03月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2009年 06月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月

タグ

検索

記事ランキング