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ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に
フレデリック・ワイズマン 私は確かにマルクス主義者ではある―もちろんグルーチョの方だが
ドキュメンタリーといいますと、しばしば、何か社会的な不正を正そうとするような映画作家のイメージをわれわれはつい想像してしまいますし、事実そのようにして優れた作品を撮った小川紳介のような人が日本にもいるわけですが、フレデリック・ワイズマンの場合は、社会的な不安を正そうとか、あるいは社会的なメッセージを世間に向かって投げかけようというような映画づくりはしておらず、まさに目の前に起こっていることを、彼は、事実はこのように推移しているのだということを、キャメラによって、あるいは録音テープによって確かめつつ、それをわれわれに見せてくれるということなのです。
といってもこれはある一つの事態を、彼は、作品を通してといいますか、初めから終わりまで構成なしにだらだらと迫っているわけではなくて、構成をつけております。その構成は、例えば私がここでお話しているようなケースがあったとすると、私を撮り、同時にまた私を見ておられる皆さん方を撮り、それを編集によって仕立て上げていく、というかたちになっているわけですが、そのときに、彼は何をいわんとしたのか、ということを非常によく訊かれるのです。彼と一緒にこのような場を東京で持ったことがあるのですが、そこでも「あなたの作品のメッセージは何か?」と訊かれるわけです。すると、彼は、「『メッセージが問題であるなら』と、あるアメリカの偉大な哲学者はいった」―というので皆さんはノートをし始める。そして、「その偉大な哲学者とはサミュエル・ゴールドウィンという名前である。そのサミュエル・ゴールドウィンはこういった。『もしもメッセージが問題であるならば、ユニオン・パシフィックに行け』」と(場内静か)。
……本当ならここらへんで爆笑が起こらないといけないんですけれども、「アメリカの偉大なる哲学者」といったのは、アメリカでもっとも馬鹿といわれているサミュエル・ゴールドウィンという1930年代から40年代にかけて活躍したプロデューサーの名前です。そのころ、映画を撮っているときに「メッセージなんかいらん」と彼はいって、ユニオン・パシフィックというのは、最後には鉄道会社になりましたけれども、一種の飛脚のような、馬を使って東海岸から西海岸まで往復していた通信会社のことで、それを指して「メッセージが問題であるならばユニオン・パシフィックへ行け。俺には聞くな」といったということで有名なのです。「アメリカのある有名な哲学者であるところのサミュエル・ゴールドウィンは」といったときに、私はつい笑ってしまった。そしたら彼が「しぃっ」というわけです。
ところが、その翌日の『ジャパン・タイムス』という英語の新聞に、その通りの記事が出てしまった。それを書いているのはアメリカ人の記者です。そのアメリカ人の記者が、いまならネットで「サミュエル・ゴールドウィン」とひけば、「馬鹿なプロデューサー」って出てくるはずなのに、それをそのまま「哲学者」と書いてしまったんで大笑い、ということがあったんですが、とにかく、彼はメッセージということは考えていない。「仮にメッセージということが伝えられるのであれば、私は映画など撮らない。私が映画を撮るのは、現実がこのように機能しているんだということを、皆と一緒に考えるためだ」、というのが彼の基本的な姿勢です。「とするならば、社会的な不正についてあなたはどう考えるか」。これがまた非常によく訊かれる質問です。それに対して彼は、「私は確かにマルクス主義者ではある」という。またすごいことをいうなと驚いていますと、「もちろんそれはグルーチョの方だが」というふうに彼はいい直す。この男、真面目なようでいて酷い、相手が馬鹿だと、とことん相手を馬鹿にするようなことを平気いう、かなり酷い人であります。
( 蓮實重彦 『映画論講義』 東京大学出版会 P201)
といってもこれはある一つの事態を、彼は、作品を通してといいますか、初めから終わりまで構成なしにだらだらと迫っているわけではなくて、構成をつけております。その構成は、例えば私がここでお話しているようなケースがあったとすると、私を撮り、同時にまた私を見ておられる皆さん方を撮り、それを編集によって仕立て上げていく、というかたちになっているわけですが、そのときに、彼は何をいわんとしたのか、ということを非常によく訊かれるのです。彼と一緒にこのような場を東京で持ったことがあるのですが、そこでも「あなたの作品のメッセージは何か?」と訊かれるわけです。すると、彼は、「『メッセージが問題であるなら』と、あるアメリカの偉大な哲学者はいった」―というので皆さんはノートをし始める。そして、「その偉大な哲学者とはサミュエル・ゴールドウィンという名前である。そのサミュエル・ゴールドウィンはこういった。『もしもメッセージが問題であるならば、ユニオン・パシフィックに行け』」と(場内静か)。
……本当ならここらへんで爆笑が起こらないといけないんですけれども、「アメリカの偉大なる哲学者」といったのは、アメリカでもっとも馬鹿といわれているサミュエル・ゴールドウィンという1930年代から40年代にかけて活躍したプロデューサーの名前です。そのころ、映画を撮っているときに「メッセージなんかいらん」と彼はいって、ユニオン・パシフィックというのは、最後には鉄道会社になりましたけれども、一種の飛脚のような、馬を使って東海岸から西海岸まで往復していた通信会社のことで、それを指して「メッセージが問題であるならばユニオン・パシフィックへ行け。俺には聞くな」といったということで有名なのです。「アメリカのある有名な哲学者であるところのサミュエル・ゴールドウィンは」といったときに、私はつい笑ってしまった。そしたら彼が「しぃっ」というわけです。
ところが、その翌日の『ジャパン・タイムス』という英語の新聞に、その通りの記事が出てしまった。それを書いているのはアメリカ人の記者です。そのアメリカ人の記者が、いまならネットで「サミュエル・ゴールドウィン」とひけば、「馬鹿なプロデューサー」って出てくるはずなのに、それをそのまま「哲学者」と書いてしまったんで大笑い、ということがあったんですが、とにかく、彼はメッセージということは考えていない。「仮にメッセージということが伝えられるのであれば、私は映画など撮らない。私が映画を撮るのは、現実がこのように機能しているんだということを、皆と一緒に考えるためだ」、というのが彼の基本的な姿勢です。「とするならば、社会的な不正についてあなたはどう考えるか」。これがまた非常によく訊かれる質問です。それに対して彼は、「私は確かにマルクス主義者ではある」という。またすごいことをいうなと驚いていますと、「もちろんそれはグルーチョの方だが」というふうに彼はいい直す。この男、真面目なようでいて酷い、相手が馬鹿だと、とことん相手を馬鹿にするようなことを平気いう、かなり酷い人であります。
( 蓮實重彦 『映画論講義』 東京大学出版会 P201)
by JustAChild
| 2010-10-25 00:25
| Wards
フレデリック・ワイズマン 私は確かにマルクス主義者ではある―もちろんグルーチョの方だが
ドキュメンタリーといいますと、しばしば、何か社会的な不正を正そうとするような映画作家のイメージをわれわれはつい想像してしまいますし、事実そのようにして優れた作品を撮った小川紳介のような人が日本にもいるわけですが、フレデリック・ワイズマンの場合は、社会的な不安を正そうとか、あるいは社会的なメッセージを世間に向かって投げかけようというような映画づくりはしておらず、まさに目の前に起こっていることを、彼は、事実はこのように推移しているのだということを、キャメラによって、あるいは録音テープによって確かめつつ、それをわれわれに見せてくれるということなのです。
といってもこれはある一つの事態を、彼は、作品を通してといいますか、初めから終わりまで構成なしにだらだらと迫っているわけではなくて、構成をつけております。その構成は、例えば私がここでお話しているようなケースがあったとすると、私を撮り、同時にまた私を見ておられる皆さん方を撮り、それを編集によって仕立て上げていく、というかたちになっているわけですが、そのときに、彼は何をいわんとしたのか、ということを非常によく訊かれるのです。彼と一緒にこのような場を東京で持ったことがあるのですが、そこでも「あなたの作品のメッセージは何か?」と訊かれるわけです。すると、彼は、「『メッセージが問題であるなら』と、あるアメリカの偉大な哲学者はいった」―というので皆さんはノートをし始める。そして、「その偉大な哲学者とはサミュエル・ゴールドウィンという名前である。そのサミュエル・ゴールドウィンはこういった。『もしもメッセージが問題であるならば、ユニオン・パシフィックに行け』」と(場内静か)。
……本当ならここらへんで爆笑が起こらないといけないんですけれども、「アメリカの偉大なる哲学者」といったのは、アメリカでもっとも馬鹿といわれているサミュエル・ゴールドウィンという1930年代から40年代にかけて活躍したプロデューサーの名前です。そのころ、映画を撮っているときに「メッセージなんかいらん」と彼はいって、ユニオン・パシフィックというのは、最後には鉄道会社になりましたけれども、一種の飛脚のような、馬を使って東海岸から西海岸まで往復していた通信会社のことで、それを指して「メッセージが問題であるならばユニオン・パシフィックへ行け。俺には聞くな」といったということで有名なのです。「アメリカのある有名な哲学者であるところのサミュエル・ゴールドウィンは」といったときに、私はつい笑ってしまった。そしたら彼が「しぃっ」というわけです。
ところが、その翌日の『ジャパン・タイムス』という英語の新聞に、その通りの記事が出てしまった。それを書いているのはアメリカ人の記者です。そのアメリカ人の記者が、いまならネットで「サミュエル・ゴールドウィン」とひけば、「馬鹿なプロデューサー」って出てくるはずなのに、それをそのまま「哲学者」と書いてしまったんで大笑い、ということがあったんですが、とにかく、彼はメッセージということは考えていない。「仮にメッセージということが伝えられるのであれば、私は映画など撮らない。私が映画を撮るのは、現実がこのように機能しているんだということを、皆と一緒に考えるためだ」、というのが彼の基本的な姿勢です。「とするならば、社会的な不正についてあなたはどう考えるか」。これがまた非常によく訊かれる質問です。それに対して彼は、「私は確かにマルクス主義者ではある」という。またすごいことをいうなと驚いていますと、「もちろんそれはグルーチョの方だが」というふうに彼はいい直す。この男、真面目なようでいて酷い、相手が馬鹿だと、とことん相手を馬鹿にするようなことを平気いう、かなり酷い人であります。
( 蓮實重彦 『映画論講義』 東京大学出版会 P201)
といってもこれはある一つの事態を、彼は、作品を通してといいますか、初めから終わりまで構成なしにだらだらと迫っているわけではなくて、構成をつけております。その構成は、例えば私がここでお話しているようなケースがあったとすると、私を撮り、同時にまた私を見ておられる皆さん方を撮り、それを編集によって仕立て上げていく、というかたちになっているわけですが、そのときに、彼は何をいわんとしたのか、ということを非常によく訊かれるのです。彼と一緒にこのような場を東京で持ったことがあるのですが、そこでも「あなたの作品のメッセージは何か?」と訊かれるわけです。すると、彼は、「『メッセージが問題であるなら』と、あるアメリカの偉大な哲学者はいった」―というので皆さんはノートをし始める。そして、「その偉大な哲学者とはサミュエル・ゴールドウィンという名前である。そのサミュエル・ゴールドウィンはこういった。『もしもメッセージが問題であるならば、ユニオン・パシフィックに行け』」と(場内静か)。
……本当ならここらへんで爆笑が起こらないといけないんですけれども、「アメリカの偉大なる哲学者」といったのは、アメリカでもっとも馬鹿といわれているサミュエル・ゴールドウィンという1930年代から40年代にかけて活躍したプロデューサーの名前です。そのころ、映画を撮っているときに「メッセージなんかいらん」と彼はいって、ユニオン・パシフィックというのは、最後には鉄道会社になりましたけれども、一種の飛脚のような、馬を使って東海岸から西海岸まで往復していた通信会社のことで、それを指して「メッセージが問題であるならばユニオン・パシフィックへ行け。俺には聞くな」といったということで有名なのです。「アメリカのある有名な哲学者であるところのサミュエル・ゴールドウィンは」といったときに、私はつい笑ってしまった。そしたら彼が「しぃっ」というわけです。
ところが、その翌日の『ジャパン・タイムス』という英語の新聞に、その通りの記事が出てしまった。それを書いているのはアメリカ人の記者です。そのアメリカ人の記者が、いまならネットで「サミュエル・ゴールドウィン」とひけば、「馬鹿なプロデューサー」って出てくるはずなのに、それをそのまま「哲学者」と書いてしまったんで大笑い、ということがあったんですが、とにかく、彼はメッセージということは考えていない。「仮にメッセージということが伝えられるのであれば、私は映画など撮らない。私が映画を撮るのは、現実がこのように機能しているんだということを、皆と一緒に考えるためだ」、というのが彼の基本的な姿勢です。「とするならば、社会的な不正についてあなたはどう考えるか」。これがまた非常によく訊かれる質問です。それに対して彼は、「私は確かにマルクス主義者ではある」という。またすごいことをいうなと驚いていますと、「もちろんそれはグルーチョの方だが」というふうに彼はいい直す。この男、真面目なようでいて酷い、相手が馬鹿だと、とことん相手を馬鹿にするようなことを平気いう、かなり酷い人であります。
( 蓮實重彦 『映画論講義』 東京大学出版会 P201)
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| 2010-10-25 00:25
| Wards
ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に
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