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ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に/やる

柴崎友香 全然知らない場所の知らない人たちなのに、胸の奥のあたりがざわめいてずっと見ていたくなる。


「すごい」
 わたしは急いでそれだけ返信した。情報番組のなかの特集コーナーのようだったけれど、もしかしてもう昔の映像は終わりのなのかなと、チャンネルを変える前に流れた分のことを残念に思った。インタビューに答えている男性は、古い映像をお年寄りに見せて元気になってもらうという活動をしているらしかった。
「おもろいな」
 良太郎の返事も短かった。お年寄りを集めての上映会の映像になり、そこで映されるフィルムに画面が切り替わった。町内会の運動会の様子で、パン食い競走で走る男の人たちやお弁当を食べる家族が映った。撮った人の娘なのか、下ぶくれで目が細い十歳ぐらいの子がカメラに向かってなにか言っている。全然知らない場所の知らない人たちなのに、胸の奥のあたりがざわめいてずっと見ていたくなる。映画やドラマとなにが違うんやろう、と思った。古い時代を舞台にした映画やドラマもよく見るけれど、それでこんな気持ちになったりはしない。実際の写真や映像を資料にして同じような景色を再現し同じような服装をしているのに、それを見て驚いたりなにかを実感することはほとんどない。作り物だから、ということもあるかもしれないけれど、だけどそうやって作られた映画も、時代を経たものを見ればたとえばそれが時代劇でも、江戸時代ではなくてやっぱりそれが作られたそのときを感じる。そのときの場所に存在した、なにかを。
 それからテレビは、放送局が所蔵している大阪の映像を流し始めた。白黒で、戦前や戦争のときの、坊主頭で裸足に着物の子どもたちが遊んでいる姿で、前にも見たことあると思っていたら、画面がカラーになった。終戦直後の焼け跡を、人々が荷物を載せたリヤカーを引いてぞろぞろと歩いていた。
 突然、わたしはその光景が実際にあったものだと強く感じた。その映像の中に映っていることが存在して、そのあと何十年かの時間が流れて、わたしが今いるここになっているのだと、思った。こんなに古いカラー映像を見たのは初めてだった。色は鮮明というか、最近撮られたものよりもかえって濃いくらいの色調で、瓦礫に覆われた街の上に広がる空が、とても深い青だった。
「すごいな」
 良太郎からメールが来た。
「うん、すごいわ」
 わたしは返信した。それから映像は、白黒にもどって大阪駅前の闇市や大きな台風で浸水した街の様子が映し出された。古い木造家屋に住んでいた友だちの家に遊びに行ったとき、ジェーン台風だったか第二室戸台風だったかの浸水の跡だと、玄関の壁にうっすらと残る水平の線のようなものを見せてもらったのを思い出した。
 そのあと、カラーだったりモノクロだったりしながら、心斎橋の繁華街を歩く女の子たちや高度成長期のビルや道路の建設ラッシュや、夏祭りの映像が続いた。自分しかいない四角い部屋で、ぺったりと座り込んでわたしはその映像をただじっと見ていた。わたしがまだいない時間の、この街の風景。知っている建物だけが、そことわたしを繋ぐ。メールが来た音が鳴った。
「こういう映像を見てるとどこぞで同じ時間を父母が生きとるんや、とか思う。自分の死後を見ているかのような気分にもなる」
 しばらく、どんな言葉を返せばいいのかなにも思いつかなかった。喉元が詰まったような感じがして、泣きそうなのかな、と思った。映像が終わり、スタジオに並ぶアナウンサーやゲストのタレントが思い出話を始めた。一つ息をつくと、体に力が入っていたのがわかった。
「うん、そうやね」
 わたしは、それだけ文字を並べて送信した。それから、やっぱり足りないと思って、ありがとう、と送った。良太郎からはすぐに、いえいえどういたしまして、と返事が来た。少し涼しくなってきたので、わたしは立ち上がって掃き出し窓を閉めた。自動車の音が、すうっと消えた。ガラスの向こうには、大阪の街がさっきと変わらず瞬いていた。この街を、自分で選んで住んだのではないし、姉も引っ越したし両親ももうすぐ出ていってしまうけれど、わたしはずっとここにいる気がした。良太郎と話したかったけれど、電話はしなかった。昼間にもらったレコードを、プレイヤーがないので自分の部屋の棚の上に立て掛けてみた。


(柴崎友香 『その街の今は』 新潮文庫 P115 )
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by JUSTAchild | 2010-10-07 02:46 | Wards

柴崎友香 全然知らない場所の知らない人たちなのに、胸の奥のあたりがざわめいてずっと見ていたくなる。


「すごい」
 わたしは急いでそれだけ返信した。情報番組のなかの特集コーナーのようだったけれど、もしかしてもう昔の映像は終わりのなのかなと、チャンネルを変える前に流れた分のことを残念に思った。インタビューに答えている男性は、古い映像をお年寄りに見せて元気になってもらうという活動をしているらしかった。
「おもろいな」
 良太郎の返事も短かった。お年寄りを集めての上映会の映像になり、そこで映されるフィルムに画面が切り替わった。町内会の運動会の様子で、パン食い競走で走る男の人たちやお弁当を食べる家族が映った。撮った人の娘なのか、下ぶくれで目が細い十歳ぐらいの子がカメラに向かってなにか言っている。全然知らない場所の知らない人たちなのに、胸の奥のあたりがざわめいてずっと見ていたくなる。映画やドラマとなにが違うんやろう、と思った。古い時代を舞台にした映画やドラマもよく見るけれど、それでこんな気持ちになったりはしない。実際の写真や映像を資料にして同じような景色を再現し同じような服装をしているのに、それを見て驚いたりなにかを実感することはほとんどない。作り物だから、ということもあるかもしれないけれど、だけどそうやって作られた映画も、時代を経たものを見ればたとえばそれが時代劇でも、江戸時代ではなくてやっぱりそれが作られたそのときを感じる。そのときの場所に存在した、なにかを。
 それからテレビは、放送局が所蔵している大阪の映像を流し始めた。白黒で、戦前や戦争のときの、坊主頭で裸足に着物の子どもたちが遊んでいる姿で、前にも見たことあると思っていたら、画面がカラーになった。終戦直後の焼け跡を、人々が荷物を載せたリヤカーを引いてぞろぞろと歩いていた。
 突然、わたしはその光景が実際にあったものだと強く感じた。その映像の中に映っていることが存在して、そのあと何十年かの時間が流れて、わたしが今いるここになっているのだと、思った。こんなに古いカラー映像を見たのは初めてだった。色は鮮明というか、最近撮られたものよりもかえって濃いくらいの色調で、瓦礫に覆われた街の上に広がる空が、とても深い青だった。
「すごいな」
 良太郎からメールが来た。
「うん、すごいわ」
 わたしは返信した。それから映像は、白黒にもどって大阪駅前の闇市や大きな台風で浸水した街の様子が映し出された。古い木造家屋に住んでいた友だちの家に遊びに行ったとき、ジェーン台風だったか第二室戸台風だったかの浸水の跡だと、玄関の壁にうっすらと残る水平の線のようなものを見せてもらったのを思い出した。
 そのあと、カラーだったりモノクロだったりしながら、心斎橋の繁華街を歩く女の子たちや高度成長期のビルや道路の建設ラッシュや、夏祭りの映像が続いた。自分しかいない四角い部屋で、ぺったりと座り込んでわたしはその映像をただじっと見ていた。わたしがまだいない時間の、この街の風景。知っている建物だけが、そことわたしを繋ぐ。メールが来た音が鳴った。
「こういう映像を見てるとどこぞで同じ時間を父母が生きとるんや、とか思う。自分の死後を見ているかのような気分にもなる」
 しばらく、どんな言葉を返せばいいのかなにも思いつかなかった。喉元が詰まったような感じがして、泣きそうなのかな、と思った。映像が終わり、スタジオに並ぶアナウンサーやゲストのタレントが思い出話を始めた。一つ息をつくと、体に力が入っていたのがわかった。
「うん、そうやね」
 わたしは、それだけ文字を並べて送信した。それから、やっぱり足りないと思って、ありがとう、と送った。良太郎からはすぐに、いえいえどういたしまして、と返事が来た。少し涼しくなってきたので、わたしは立ち上がって掃き出し窓を閉めた。自動車の音が、すうっと消えた。ガラスの向こうには、大阪の街がさっきと変わらず瞬いていた。この街を、自分で選んで住んだのではないし、姉も引っ越したし両親ももうすぐ出ていってしまうけれど、わたしはずっとここにいる気がした。良太郎と話したかったけれど、電話はしなかった。昼間にもらったレコードを、プレイヤーがないので自分の部屋の棚の上に立て掛けてみた。


(柴崎友香 『その街の今は』 新潮文庫 P115 )
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by JUSTAchild | 2010-10-07 02:46 | Wards


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