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ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に/やる

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リポト国際ジャズ祭

 ポーランドでジャズを初めて演奏する楽団が誕生したのは23年と記録されている。他のヨーロッパ諸国と同様、30年代前半にはちょっとしたジャズ・ブームが到来し、レストラン、ダンスホール、ナイトクラブ、劇場などでジャズ演奏が定番となったし、人気のあったジャズ・ミュージシャンたちは映画界でも活躍したが、39年に第二次世界大戦が開戦するとジャズの環境はすべて失われてしまった。大戦後ポーランドはスターリンが指導するソ連の社会主義体制に組み込まれていって、49年に共産党が政権を掌握してからは資本主義を批判するイデオロギーのもとジャズは禁止された。それはポーランドに限ったことではなく、中・東欧の旧社会主義諸国にもほぼ共通している。それでも演奏したい者、聴きたい者はアンダーグラウンドで秘密裏に楽しんだ。ポーランド・ジャズ史ではカタコンベ時代と称される時代である。53年、スターリン死去した後、ジャズに対する風当たりは少しずつ弱まっていったようで、ポーランドでは翌54年に政府公認でジャズ祭が開催されている。そしてソ連でスターリン批判がなされたという情報が世界に広がった56年、リポト国際ジャズ祭開催という経緯があった。


(遠山純生編 『イエジー・スコリモフスキ 紀伊國屋映画叢書・1 』 P117 岡島豊樹 紀伊國屋書店)
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by JustAChild | 2010-08-29 15:09 | Wards

オルエットの方へ DU COTE D'OROUET

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by JustAChild | 2010-08-29 14:55 | D

Tokyo Eyes

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by JustAChild | 2010-08-28 07:11 | T

グロリア・グレアムの3つ

● ところで、これはどんな映画ファンもほとんど同じ想いだったにちがいないのだが、1940―1950年代のモノクロ女優のなかで、だれの裸をいちばん見たかったといえば、それはイングリッド・バーグマンでもなく、ローレン・バコールでもなく、ラナ・ターナーでもなく、バーバラ・スタンウィックでもない――それはグロリア・グレアムだった。ニコラス・レイ監督の『孤独な場所で』(1950)は1950年代にはまだ日本では公開されていなかったが、『悪人と美女』(ヴィンセント・ミネリ監督、1952)や『摩天楼の影』(マックスウェル・シェイン監督、1952)や『復讐は俺に任せろ(ビッグ・ヒート 復讐は俺にまかせろ)』(フリッツ・ラング監督、1953)のグロリア・グレアム。
P62<女の犯罪、女の活劇――フィルム・ノワール断章>

● こんなときに、40年代の「フィルム・ノワール」の女たちは、いささかも淫らな態度を見せない。下着姿でも着乱れた感じはまったくない。男を誘惑することは、男に媚びることではなく、男を脅迫すること、あるいはむしろ精神的にも肉体的にも完全に支配することなのだ。おそらく唯一の例外がグロリア・グレアムだった。彼女はあたかも50年代の遅れてきたファム・ファタールといった感じだった。ニコラス・レイ監督の『孤独な場所で』(1950)やフリッツ・ラング監督の『復讐は俺に任せろ』(1953、新題名『ビッグ・ヒート 復讐は俺にまかせろ』)では、あの着乱れた黒のスリップ姿の眠たげな風情は心やさしさの表現だった。
P162<拳銃に魅せられた女、ペギー・カミンズ>

● 女をいためつけるというスクリーンのサディズムのひとつのパターンがあるけれども、1950年代までの映画史でのその最も残酷な例のひとつは、おそらくはフリッツ・ラング監督の『復讐は俺に任せろ(ビッグ・ヒート 復讐は俺にまかせろ)』(1953)でリー・マーヴィンがグロリア・グレアムの顔に煮えたぎる熱湯(だったか、コーヒーだったか)をぶっかけるシーンであった。それとて、いわば映画的に、顔の半面を繃帯でおおったグロリア・グレアムの鼻をふくめたもう半面の横顔の美しさをきわだたせるためでもあるかのようだった。
P266<暗黒街の女、シド・チャリシー>


(山田宏一 『新編 美女と犯罪』 ワイズ出版)
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by JustAChild | 2010-08-28 06:00 | Wards

Gloria Grahame

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by JustAChild | 2010-08-28 05:14 | G

山田宏一   シルヴィア・シドニーのまごころ


 シルヴィア・シドニーは一九三〇年代のハリウッドの「最も悲しみにみちた瞳」の女優だった。
いつも、小さなかわいらしい丸顔に大きな眼をして、そのつぶらな瞳――というよりは目玉という感じなのだが、ベティ・デイヴィスの憎々しい目玉とは対照的なせつないくらいの愛くるしさだ――に涙をいっぱいたたえ、こみあげてくる悲しみにくちびるをふるわせ、かろうじて嗚咽をこらえていた。顔の半分くらいはありそうな大きな額はまるで悪意というものを知らない無垢にかがやいているかのように白くきれいで(心配事があると、顔いっぱいにその白くきれいな額をくもらせる)、小柄なからだ全体がまるで凍えるようにうちふるえ、暗い、喜びなき人生を一生懸命に生きようと傷つき、もだえているかのようだった。
 D・W・グリフィス監督のサイレント映画のヒロイン、あの、「彼女に対してかくもきびしくつめたかったこの世に最後の微笑みを送って」死んでいった『散り行く花』(一九一九)の薄幸のヒロイン、リリアン・ギッシュにも比較された。ただ、くちびるだけは、リリアン・ギッシュのおちょぼ口とは似ても似つかぬ、大きくふくよかな口唇で、それだけに、美しいまごころそのものといった彼女の小さなまるぽちゃの顔に微笑みが浮かぶと、あっという間に歓びがひろがって、こんなに思いがけなくて、こんなにうれしくて、こんなに感動的で、こんなに心をなごませてくれるものがこの世にあるんだろうかと思わせるくらいだし、愛する夫や恋人に熱いくちづけをするとき(彼女は、夫を、恋人を、いつも、まるで二度と帰ってこないと思っていたひとが帰ってきたかのような歓びにふるえながら迎え入れて抱きすくめるのである)、彼女ほど熱のこもったキスをする女性がこの世にいるだろうかとすら思わされるのだ。


(山田宏一 『新編 美女と犯罪』 ワイズ出版 P125)
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by JustAChild | 2010-08-28 04:52 | Wards

暗黒街の弾痕 You Only Live Once

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1937
88
Thu. 1st Jan. 2009
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by JUSTACHILD | 2010-08-28 04:51 | Y

住吉具慶 Gukei Sumiyoshi

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by JustAChild | 2010-08-17 22:28 | S

ジョセフ・コーネル Joseph Cornell

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by JustAChild | 2010-08-17 22:06 | C

ベン・ニコルソン Ben Nicholson

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by JustAChild | 2010-08-17 21:31 | N

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リポト国際ジャズ祭

 ポーランドでジャズを初めて演奏する楽団が誕生したのは23年と記録されている。他のヨーロッパ諸国と同様、30年代前半にはちょっとしたジャズ・ブームが到来し、レストラン、ダンスホール、ナイトクラブ、劇場などでジャズ演奏が定番となったし、人気のあったジャズ・ミュージシャンたちは映画界でも活躍したが、39年に第二次世界大戦が開戦するとジャズの環境はすべて失われてしまった。大戦後ポーランドはスターリンが指導するソ連の社会主義体制に組み込まれていって、49年に共産党が政権を掌握してからは資本主義を批判するイデオロギーのもとジャズは禁止された。それはポーランドに限ったことではなく、中・東欧の旧社会主義諸国にもほぼ共通している。それでも演奏したい者、聴きたい者はアンダーグラウンドで秘密裏に楽しんだ。ポーランド・ジャズ史ではカタコンベ時代と称される時代である。53年、スターリン死去した後、ジャズに対する風当たりは少しずつ弱まっていったようで、ポーランドでは翌54年に政府公認でジャズ祭が開催されている。そしてソ連でスターリン批判がなされたという情報が世界に広がった56年、リポト国際ジャズ祭開催という経緯があった。


(遠山純生編 『イエジー・スコリモフスキ 紀伊國屋映画叢書・1 』 P117 岡島豊樹 紀伊國屋書店)
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オルエットの方へ DU COTE D'OROUET

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Tokyo Eyes

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グロリア・グレアムの3つ

● ところで、これはどんな映画ファンもほとんど同じ想いだったにちがいないのだが、1940―1950年代のモノクロ女優のなかで、だれの裸をいちばん見たかったといえば、それはイングリッド・バーグマンでもなく、ローレン・バコールでもなく、ラナ・ターナーでもなく、バーバラ・スタンウィックでもない――それはグロリア・グレアムだった。ニコラス・レイ監督の『孤独な場所で』(1950)は1950年代にはまだ日本では公開されていなかったが、『悪人と美女』(ヴィンセント・ミネリ監督、1952)や『摩天楼の影』(マックスウェル・シェイン監督、1952)や『復讐は俺に任せろ(ビッグ・ヒート 復讐は俺にまかせろ)』(フリッツ・ラング監督、1953)のグロリア・グレアム。
P62<女の犯罪、女の活劇――フィルム・ノワール断章>

● こんなときに、40年代の「フィルム・ノワール」の女たちは、いささかも淫らな態度を見せない。下着姿でも着乱れた感じはまったくない。男を誘惑することは、男に媚びることではなく、男を脅迫すること、あるいはむしろ精神的にも肉体的にも完全に支配することなのだ。おそらく唯一の例外がグロリア・グレアムだった。彼女はあたかも50年代の遅れてきたファム・ファタールといった感じだった。ニコラス・レイ監督の『孤独な場所で』(1950)やフリッツ・ラング監督の『復讐は俺に任せろ』(1953、新題名『ビッグ・ヒート 復讐は俺にまかせろ』)では、あの着乱れた黒のスリップ姿の眠たげな風情は心やさしさの表現だった。
P162<拳銃に魅せられた女、ペギー・カミンズ>

● 女をいためつけるというスクリーンのサディズムのひとつのパターンがあるけれども、1950年代までの映画史でのその最も残酷な例のひとつは、おそらくはフリッツ・ラング監督の『復讐は俺に任せろ(ビッグ・ヒート 復讐は俺にまかせろ)』(1953)でリー・マーヴィンがグロリア・グレアムの顔に煮えたぎる熱湯(だったか、コーヒーだったか)をぶっかけるシーンであった。それとて、いわば映画的に、顔の半面を繃帯でおおったグロリア・グレアムの鼻をふくめたもう半面の横顔の美しさをきわだたせるためでもあるかのようだった。
P266<暗黒街の女、シド・チャリシー>


(山田宏一 『新編 美女と犯罪』 ワイズ出版)
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Gloria Grahame

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山田宏一   シルヴィア・シドニーのまごころ


 シルヴィア・シドニーは一九三〇年代のハリウッドの「最も悲しみにみちた瞳」の女優だった。
いつも、小さなかわいらしい丸顔に大きな眼をして、そのつぶらな瞳――というよりは目玉という感じなのだが、ベティ・デイヴィスの憎々しい目玉とは対照的なせつないくらいの愛くるしさだ――に涙をいっぱいたたえ、こみあげてくる悲しみにくちびるをふるわせ、かろうじて嗚咽をこらえていた。顔の半分くらいはありそうな大きな額はまるで悪意というものを知らない無垢にかがやいているかのように白くきれいで(心配事があると、顔いっぱいにその白くきれいな額をくもらせる)、小柄なからだ全体がまるで凍えるようにうちふるえ、暗い、喜びなき人生を一生懸命に生きようと傷つき、もだえているかのようだった。
 D・W・グリフィス監督のサイレント映画のヒロイン、あの、「彼女に対してかくもきびしくつめたかったこの世に最後の微笑みを送って」死んでいった『散り行く花』(一九一九)の薄幸のヒロイン、リリアン・ギッシュにも比較された。ただ、くちびるだけは、リリアン・ギッシュのおちょぼ口とは似ても似つかぬ、大きくふくよかな口唇で、それだけに、美しいまごころそのものといった彼女の小さなまるぽちゃの顔に微笑みが浮かぶと、あっという間に歓びがひろがって、こんなに思いがけなくて、こんなにうれしくて、こんなに感動的で、こんなに心をなごませてくれるものがこの世にあるんだろうかと思わせるくらいだし、愛する夫や恋人に熱いくちづけをするとき(彼女は、夫を、恋人を、いつも、まるで二度と帰ってこないと思っていたひとが帰ってきたかのような歓びにふるえながら迎え入れて抱きすくめるのである)、彼女ほど熱のこもったキスをする女性がこの世にいるだろうかとすら思わされるのだ。


(山田宏一 『新編 美女と犯罪』 ワイズ出版 P125)
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暗黒街の弾痕 You Only Live Once

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1937
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住吉具慶 Gukei Sumiyoshi

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ジョセフ・コーネル Joseph Cornell

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ベン・ニコルソン Ben Nicholson

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