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ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に/やる

鴻鴻   ぼくの妹は都市

ぼくの妹は都市

彼女の手は勤勉に動く、でも頭は

まったく落度だらけ

彼女はコンビニのように熱心にサービスする

現金引出機のように性善説を選択する

郵便ポストのように口を開き、すべての欲望を飲み込みもする



彼女は自分に対してかくも不満で

いつも徹底的に改善したいと思っている

でも工事は時にこちらを立てればあちらが立たず

まるで違った顔を貼りあわせたみたい

夜になると彼女はとりわけ美しい

その時刻になると彼女はひどく悲しむから


妹は都市のように神秘

永遠に路地で見失われたいくつかの番地

故障したいくつかの信号

警官が、制服を着て窃盗をはたらき

鉄のパイプは酸性雨の中で錆び

記念碑が広場を占拠する


妹よ、きみの歴史を忘れなさい

今日から、ぼくはこの都市を好きになる

彼女の混乱する道路標識、融通のきかない路地を好きになり

彼女のわずかに残っただけの緑地と池を好きになり

清掃する人のない犬の糞を好きになって

ぼくたちは抱き合って眠る、そばで清掃車が勝手に歌っている


                                               二〇〇九 (三木直大訳)

( 鴻鴻 『ぼくの妹は都市』「現代詩手帖」2011年3月号 P72)
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# by JustAChild | 2011-03-07 12:49 | Wards

林道郎   演劇的振る舞いを裏切るような細部を抽出する方法

 北島さんたちが意識的だったかどうかはわかりませんが、スーザン・ソンタグの「〈キャンプ〉についてのノート」(『反解釈』[高橋康也ほか訳、ちくま学芸文庫、1996年] 所収)という論文が1964年に書かれています。「キャンプ」というのはまさに「狂った資本主義」の問題であり、それは同時に、北島さんの「ニューヨーク」につながるのだと思います。暴走する資本主義的状況のなかで、表層的な振る舞いが人間のアイデンティティ形成にとってとても重要になっていく。つまり人間のアイデンティティが演劇的に構成されざるをえないような世界をわれわれは生きるようになった、ということですね。

<中略>

 もっとも60~70年代には、アウトサイダーたちもある意味でコード化されていたんですね。アウトサイダーになることが「自由への振る舞い」という、それ自体、社会に認知されたコードの世界で生きることになったからです。しかし、80年代はそうではない。一人ひとりが自分の世界をアグレッシブに演劇的に構築していかなきゃいけないという異常な状況になったのが80年代で、ことにニューヨークはそれが突出して出てきた。演劇化の病理がコンテクストからむき出しの「アイデンティティ」問題に直結し、臨界点に達する、とでも言うべきなのか、マドンナやプリンスが突発的な症例として出現するような社会、そういう状況に対して、北島さんのスナップショットはビビッドに反応しているのだろうなと思います。

北島 いまのお話はおそらくウィリアム・クラインの問題とちょっと絡んでくる気がするんですよ。ゴッフマンの本が1959年ということですがクラインの『ニューヨーク』はまさに50年代後半(1956年出版)。街中には広告の看板があふれかえり、人々は雑誌でファッションを研究したりして立ち振る舞っている。つまり、パフォーマンスせざるをえないことが常態化した、その爆発的な始まりをクラインは的確に捕らえていると思うんです。前からクラインの『ニューヨーク』はそういうふうに見るべきだって言っているんですけど、誰も聞いてくれない(笑)。それが結局、これまた滅茶苦茶なことを言うんですけど、シンディ・シャーマンに行き着くわけですよ。

 たしかにクラインは演劇的状況にビビッドに反応した写真家ですよね。いまの「クラインからシャーマンへ」という問題ですが、演劇性とアイデンティティの構築の絡まり合いに対して、写真がどう振る舞うかということについては、乱暴に言うと、ふたつの経路があるような気がします。ひとつは、ウォールやシャーマンのように、演劇性そのものを自己批判的に写真のなかに取り上げること。つまり、リアリティのある写真に見えるんだけれども、それ自体、演劇的に作りこまれている。見る側も「これはつくられたものだな」と分かりながら、「やっぱりこのリアリティはすごい」というような宙吊り感のなかで、演劇性そのものに自覚的にならざるをえない。そういった演劇による自己反省、自己批判みたいなやり方がある。もう一方には、バルトの「プンクトゥム」じゃないけれども、とりわけポートレートに起こることとして、人間の身体が演劇的に振る舞おうとしたときに必ず、意図していないものが見られてしまう。コードに則ってパフォーマンスするんだけれども、どうしたってコード化されない余剰みたいなものが肉体として露出する。その瞬間に焦点化する方向。
 このことに関して、ダイアン・アーバスは「自分はモデルの意図と効果の差異を撮りたいんだ」と言っています。フリードの大著でも繰り返し引用される言葉ですが、、こうした方向性について、フリードはもうひとり、リネケ・ダイクストラのポートレートを取り上げています。ダイクストラがなぜ思春期の少年少女ばかりを対象にするかというと、社会のなかでどう振る舞えばよいかを完全に身体化できていなくて、未整形だからだ、と。その「未整形さ」みたいなものが、写真の前に立ってポーズをとったときに、どうしてもある宙吊り感として出てきてしまう。そのおさまりの悪い細部を的確に捕らえられるのが写真だ、と言うわけです。そしてそのような、ポーズをとるという演劇的振る舞いを裏切るような細部を抽出する方法をフリードは「反演劇性」と見なすわけです。その是非は別として、北島さんのポートレートにも、一貫してそういう関心があるような気がします。「ニューヨーク」のスナップは、これみよがしに「こういうふうに私は生きているんだ」と演劇的に振る舞っている人たちを撮っているんだけれども、それが無残に、ある肉のリアリティのようなものに曝されてしまっていて、実は「演劇性の廃墟」みたいなものが捉えられていると言ってもいい。

倉石 ダイクストラの写真については、私もフリードと同様に一種の可能態として捉えたこともあります。ただ、一歩間違うとサリー・マンとどう違うんだ、というところがありますよね。思春期の少年少女はやっぱり好奇心の対象になるわけです。そこは彼女もわきまえていて、いろんな人種の人をさまざまな海岸に置いて撮る。一定の条件のもとで、モデルのアイデンティティが固定されず、ばらけるようにしている。しかし、そうしたことを詰めて、ポリティカル・コレクトネスを意識したアリバイ工作をすればするほど、人工的なものになっていくということはあると思います。



( 「倉石信乃+林道郎+北島敬三+前田恭二 写真のシアトカリティ――「北島敬三 1975-1991」展関連トーク」 『photographers' gallery press no. 9』 photographers' gallery P73-74)
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# by JustAChild | 2011-02-13 15:57 | Wards

高峰秀子

 「浮雲」「二十四の瞳」など数々の名作映画に主演した俳優の高峰秀子(たかみね・ひでこ、本名・松山秀子)さんが28日、肺がんのため東京都内の病院で死去した。86歳だった。葬儀は近親者だけで行った。喪主は夫の映画監督松山善三さん(asahi.com)
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# by JustAChild | 2011-01-01 22:32

田中純   近代都市は絶え間なく、写真へと変容することを欲望しつづけてきたのだ

 ウジェーヌ・アジェのパリからウィリアム・クラインのニューヨーク、荒木経惟の東京まで、あるいは無名の観光写真、絵はがき写真にいたるまで、都市は写真というメディアの特権的な主題でありつづけている。いや、むしろこう言うべきだろうか。近代の都市は絶え間なく、写真へと変容することを欲望しつづけてきたのだ、と。飯沢耕太郎が編著『東京写真』において、「写真の中には、映像として定着された東京の物理的な姿だけではなく、他の表現手段ではどうしても実体化できない部分――東京の無意識とでもいえるようなものが写りこんでいるはずだ」と述べているのは、恐らく正しい。伊藤俊治が的確に言い切ったように「写真は都市の視覚的無意識を浮上させる」。まさしく都市は写真という分身のうちに二重化されるとともに分裂し、写真のなかにおいてはじめて、その欲望のかたちを可視化するのではないだろうか。
 イグナシ・デ・ソラ=モラレス・ルビオーは、20世紀における写真を通じたメトロポリスの表象をめぐって、三つの異なる記号システムあるいは写真的感性の変遷を認めた。その三者とは、モダニズム建築の都市計画がプロパガンダを展開した1920-1930年代における都市表象としてのフォトモンタージュ、1955年の展覧会「ファミリー・オブ・マン」やマグナムの一連の写真に代表される50年代から60年代にかけての、無名の個人のイメージから生まれる都市物語への感受性、そして70年代以降の「テラン・ヴァーグ(terrain vague)」へのまなざしである。ソラ=モラレスが注目するこのテラン・ヴァーグとは、何らかの出来事が起こったのちの放棄された空虚な場所を意味するが、そこにはフランス語のvagueが語源とするゲルマン語やラテン語との関係から、波、空虚、開放、曖昧といったいくつかのニュアンスが重層している。ジョン・デイヴィス、デヴィッド・プローデン、ヤネス・リンデルといった写真家たちの作品に見出されるこのテラン・ヴァーグは、都市の日常的利用にとっては外在的でありながら、都市そのものには内在的な何ものかである、とソラ=モラレスは言う。

忘れさられたかのようなこのような場所においては、過去の記憶が現在よりも優勢であるように見える。都市の活動から完全に離反してしまっているにもかかわらず、ここにはほんのわずかに残された価値ばかりが生き残っている。こうした奇妙な場所は都市の効率的な回路や生産構造の外部に存在する。経済的観点からすれば、この工業地帯、鉄道駅、港、危険な住宅地区、そして汚染された場所はもはや都市ではないのだ。

 生産・消費活動やそのための管理を欠いた、都市内部の「島」であるテラン・ヴァーグは、都市システムに対して異質な、「都市の物理的内部における、精神的に外部的な、都市の否定的=陰画的イメージ」である。ジュリア・クリステヴァやオド・マルクヴァルトに依拠しながらソラ=モラレスはそこに「他者性」や「未知性」、あるいはフロイト的な「無気味なもの」といったテーマとの関連を指摘している。自己の内部の最奥の他者、未知なるものとしての無気味なこのテラン・ヴァーグとはまさに都市の無意識であり、われわれの言葉で言い換えれば「非都市」にほかならない。
 しかしながら、ソラ=モラレスはこの都市の無意識の発見という地点から、現実の都市の内部に実在するテラン・ヴァーグがもつ可能性と、その保存について語ることへと無造作に移行してしまう。あたかもそこでは写真というメディアがそれ自体としては厚みをもたずに透明で、現実の忠実な再現表象を提供しているかのように。だが、事実としての空き地とは所詮たかだか効率的に利用可能な空隙であって、テラン・ヴァーグという都市の無意識ではありえないだろう。テラン・ヴァーグの無気味さの根源は都市と都市写真との間のずれ、この両者の間にあってまなざしを屈折させる歪んだ空間の物質性にこそ求められなければならない。
 またこのテラン・ヴァーグを殊更に新しい写真的発見とするにはおよばない。どこにも人影のない街路を撮影したアジェの写真がすでに、パリという都市全体をテラン・ヴァーグと化していたのではなかったか。「どこも寂しい場所というのではない。気分というものが欠如しているのである。都市はこれらの写真の上では、まだ新しい借り手が見つからない住居のように、きれいにからっぽである」(ヴァルター・ベンヤミン)。この人影のなさこそ、アジェが「街路を犯行現場のように撮影した」と言われる所以であったのだ、とベンヤミンは書く。そして、都市のどんな一角もつねに「犯行現場」なのであり、都市のなかの通行人はみな「犯人」なのだ、と。


( 田中純 『都市表象分析Ⅰ』 INAX出版 P36)
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# by JustAChild | 2010-12-27 23:28 | Wards

ニコライ・レミソフ Nicolai Remisoff

『オーシャンと十一人の仲間』 Ocean's Eleven (1960)
『勝利なき戦い』 Pork Chop Hill (1959)
『赤い河の逆襲』 Pawnee (1957)
『片目のシェリフ』 Black Patch (1957)
『荒野の追跡』 Trooper Hook (1957)
『激突のガンマン』 Johnny Concho (1956)
『アパッチ』 Apache (1954)
『月蒼くして』 The Moon Is Blue (1953)
『大いなる夜』 The Big Night (1951)
『赤い子馬』 The Red Pony (1949)
『誘拐魔』 Lured (1947)
『奇妙な女』 The Strange Woman (1946)
『美しき未亡人』 Young Widow (1946)
『女の戦い』 Paris Underground (1945)
『かわいい女』 My Life with Caroline (1941)
『嘆きの白薔薇』 The Men in Her Life (1941)
Broadway Limited (1941)
『彼女はゴースト』 Topper Returns (1941)
『海洋児』 Captain Caution (1940)
Turnabout (1940)
『廿日鼠と人間』 Of Mice and Men (1939)


この映画では、素晴らしいアート・ディレクターも使えましたよ。ロシア人のレミソフです。彼は熟練の技を披露してくれた。―― ダグラス・サーク

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# by JustAChild | 2010-12-27 08:43 | N

セント・クレア・マッケルウェイ   St. Clair Mckelway

「ピンポン」Ping-Pong 永来重明・訳『ニューヨーカー短篇集〔Ⅰ〕』45 Short Stories from The New Yorker  早川書房 (1969/05/15)
「ミステー・エイト・エティー」Mister 880 常盤新平・訳『ニューヨーカー・ノンフィクション』新書館 (1982/04/15)
「ミスター・エイト・エイティー」Mister 880 間山靖子・訳『サヴォイ・ホテルの一夜』旺文社/旺文社文庫 (1985/11/25)


脚本
『眠りの館』 Sleep, My Love 1948

オリジナル・ストーリーはレオ・ロステンのものです。彼は機知に富んだ男だったが、彼の物語はいつもメロドラマに回帰するんです。わたしは時間をかけて、とてもいい書き手のセント・クレア・マッケルウェイとこの素材に取り組んだんですが、彼はロステンのオリジナルより優れたものを書いてくれたと思いますよ。―― ダグラス・サーク

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# by JustAChild | 2010-12-27 08:28 | S

アルバート・ザグスミス   Albert Zugsmith

1910―1993


野獣ども地獄へ行け (1965) 監督  
女を売る街 (1962) 監督/製作  
非情の青春 (1959) 製作  
悪いやつ (1959) 製作  
黒い罠 (1958) 製作  
性愛の曲り角 (1958) 製作  
悪魔に支払え! (1957) 製作  
縮みゆく人間 (1957) 製作  
翼に賭ける命 (1957) 製作  
風と共に散る (1956) 製作  
ボスを倒せ! (1956) 製作  
四角いジャングル (1955) 製作  
原爆下のアメリカ (1952)


 『風と共に散る』はザグ(=ザグスミス)の案なんですよ。彼はそのころ精力的な活動をしてましてね。すばらしい仕事ができた。たとえば彼はオーソン・ウェルズの『黒い罠』のプロデューサーもやっていて、これは、わたしが『翼に賭ける命』をやってるとき、オーソンが隣のセットで撮った映画なんです。ザグスミスは、わたしの昔からのお気に入りの企画、フォークナーの小説『標識塔』の映画化(『翼に賭ける命』)にのってくれたハリウッド最初のプロデューサーでもあった。それにザグは、ハッピー・エンドにしないことを説得できたたったひとりのプロデューサーでしたね。

<中略>

 ザグ(=ザグスミス)は、『女を売る街』ともうひとつの企画をオファーしてきましたが、どちらもやりませんでした。やれなくて無念だったことを告白しなくちゃなりませんがね。わたしはザグに好感を抱いてましたからね。彼の考え方は、わたしとは大違いだったが、独特で、わたし自身の映画のアプローチと補完関係にあった。これはいつも有益でしたね。
―― ダグラス・サーク

※「ファニー・ヒル」のこと。これはザグスミスをプロデューサー、ラス・メイヤーを監督に製作された(1964)。(ジョン・ハリデイ)

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# by JustAChild | 2010-12-23 19:40 | A

エドムント・ニック   Edmund Nick

1891―1974

音楽を担当をしてくれたエドムント・ニックも、すばらしい仕事仲間だった。抜きん出た作曲家ですよ。
―― ダグラス・サーク

サークは、すでにライプツィヒ・アルテス・テアーターで、エドムンド・ニックがエーリヒ・ケストナーの台本に作曲した「現代の生活」を上演したことがある(初日は1931年10月16日)。また、ニックはサークの初期短編「結婚三態」の音楽も担当している。(ジョン・ハリデイ)

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# by JustAChild | 2010-12-23 00:21 | E

フランツ・ヴァイマイアー   Frantz Weihmayr

1903―1969

照明やカメラで実験もできた。とても優秀なカメラマンのヴァイマイアーが使えましてね。ヴァイマイアーはこの映画ですばらしい仕事をしてくれた。わたしがそのあとドイツでつくった映画は、全部彼にやってもらいましたよ。―― ダグラス・サーク

カメラマンのフランツ・ヴァイマイアーは、サークがツァラ・レアンダーとの二作目『南の誘惑』の撮影後ドイツを逃れたあとも、レアンダー映画のカメラを担当した。(ジョン・ハリデイ)

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# by JustAChild | 2010-12-22 01:51 | F

深水藤子 Fujiko Fukamizu

1916年4月10日―

煩悩秘文書 流星篇  1932
煩悩秘文書 剣光篇  1932
煩悩秘文書 解脱篇  1933
大盗甚内数奇帖  1933
仇討二番原  1933
港の雨  1933
娘十六  1933
恋知る頃  1933
悲恋の炎  1934
母の微笑  1934
晴れたて二人で  1934
桃われ日記  1934
夫を想へば  1934
夢の中のお嬢さん  1934
愛憎峠  1934
新選組 前後篇  1934
国定忠次  1935
剣雲薩摩歌  1935
旅役者お七狂乱  1935
富士の白雪  1935
丹下左膳余話 百万両の壺  1935
関の弥太ッぺ  1935
清水次郎長  1935
新版やくざ草紙 逃げ水の弥三  1935
千両礫  1935
街の入墨者  1935
戦塵  1935
大菩薩峠 第一篇 甲源一刀流の巻  1935
江戸の春遠山桜  1936
弥太五郎翼  1936
大菩薩峠 鈴鹿山の巻 壬生島原の巻  1936
勘太郎月の唄  1936
一刀流指南  1936
大岡政談 蝙蝠組  1936
仇討禁止令  1936
栗山大膳  1936 
花火の街  1937 
あばれ獅子  1937 
あばれ獅子 後篇  1937 
お嬢さん浪人  1937 
森の石松  1937 
児来也小僧 旋風篇  1937 
丹下左膳 愛憎魔剣篇  1937
児来也小僧 電光解決篇  1937
丹下左膳 1937
謳へ春風  1937
薫風一騎  1937
怪談牡丹燈籠  1937
妖棋伝 前篇  1937
水戸黄門廻国記  1937
国定忠治  1937
血祭三代目  1937
木曾路の旅笠  1937
飛竜の剣  1937
恩讐巡礼歌  1937
白浪五人男  1938
加賀百万石  1938
鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻  1938
剣客商売  1938
忠臣蔵 地の巻  1938
忠臣蔵 天の巻  1938
妖棋伝 後篇  1938
怪談 お岩役者  1938
べらんめえ人情  1938
地獄の蟲  1938
続水戸黄門廻国記  1938 
恩愛十字路  1938 
べらんめえ三人情  1938
隠密七生記 前篇  1938
隠密七生記 後篇  1938 
豪快一代男  1938
右門捕物帖 拾万両秘聞  1939
三代目親分  1939
王政復古 担龍篇 双虎篇  1939
槍は錆びても  1939
喧嘩大納言  1939
豪快三浪人  1939
山彦呪文  1939
安珍清姫  1939
豪傑誕生  1939
黄昏鴉  1939
義士外伝 忠僕直助  1939
鴛鴦歌合戦  1939
乱れ柳女仇討  1940
大江戸百鬼  1940
若様評判記 1940
大楠公  1940
若様評判記 1940
主従無上  1940
血煙神田祭  1940
護国の鬼  1940
剣光桜吹雪  1941
海を渡る祭礼  日活京都  1941
右門捕物帖 幽霊水芸師  1941
柳生大乗剣  1942
東海水滸伝  1945
夢みるように眠りたい  1986
二十世紀少年読本  1989
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# by JustAChild | 2010-11-13 13:36 | F


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