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岡崎京子 カッコイイのが勝ち

 それにしても、この『思想の科学』という本はマジメだ。マジメだなあ。"セックス・ドラッグ&ロケン・ロール"というイデオロギーから一番遠く離れた所にある気がします。

 そして、『家族』も。

 家族や家庭もまた、"セックス・ドラッグ&ロケン・ロール"というヤツから遠く離れた場所にあるものです。

 家庭(または家族空間)という所は不思議な場所で、世間で唯一とされている「夫婦間で行われている合法的なセックス」を基ばんとし、そのこういの結果生まれた子供によって構成されている空間にもかかわらず、その空間ではセックスというこういが"タブー"として機能するみょうちきりんな所です。

 セックスが日常として行われている場所での禁忌。"秘めごと"としてのセックス。

 じっさい楽しい夕食の時間に、息子が自分の父親や母親に「ねえねえ僕はどんな体位のときにできちゃったコドモなのお?」と質問し、それにキチンと両親が「ハハハハ、お前はねえ後背位から松葉くずしに変えようと体をズラそうとしたしゅんかん、父さんがついついイッちゃってできちゃったコドモなんだよ」「やーねぇ、お父さんたら。あ・け・す・け ♥ 。でも、あのときはヨかったわねえ」なんて答えるシーンというものは想像しにくいものの1つです。もし、そういう家族がいたらロケン・ロールなファミリーってやつですね。カッコイイ。憧れちゃいます。

 でも大体において"ロケン・ロール的なもの"と"家庭(または家族)的なもの"は仲が悪い。相性が悪いとさえ言えます。

 それにしても"ロケン・ロール"とは一体何なのでしょう?


(『文藝別冊 岡崎京子― 総特集』(KAWADE夢ムック) [岡崎京子テキスト・コレクション:カッコイイのが勝ち] 河出書房新社 P100)
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by JustAChild | 2010-09-24 17:07 | Wards

椹木野衣  岡崎京子の書き割り的仮説世界

――椹木さんが「書き割り」と言う時、そこには都市批判というよりは、憧れのようなプラスの感情もあるんですか?

椹木 というよりも、想像力が書き割り的なものにしか及ばないというか。「この空の向こうに無限に宇宙が広がっている」とか言われてもどうしても信じられない。何かどこかでだまされているような感じがぬぐえない。書き割り的な厚さのない平板なリアリティのほうが自分が生きて暮らしてきた感覚にはしっくりする。
 たとえばヨーロッパとか行くと、町全体がある種の理性のあらわれとして具現しているじゃないですか。街はそこにあるがままに遠近法の絵画のようでもあるし、そもそも都市という観念そのものがもっと理念的なものだと思うし、しかもそこには非常に深みのある歴史観みたいなものが、宗教であれ市民的な理念であれ隅々まで浸透していて、そういう場所では書き割り的ではないもののほうがリアリティをもって感じられるんだけれども、日本みたいなところにいると、それはちょっと無理でしょう。実際に建物とか見ても全部張りぼてだし、ファサードだけくっつけて、裏に回ったらボロボロのしもたや。それは古い建物がそうだというんじゃなくて、むしろ新しい建物のほうがそうで、見てくれだけ整えても30年もしたらボロボロになっちゃうようなプレハブばっかりでしょう。
 だから「書き割り」というのは、ぼくらが戦後たどってきた社会そのものの構造に由来することだと思うんです。つまり、対象を有機的な歴史や理想の奥行きや厚みの中で把握することができない。書き割り的な世界が好きか嫌いかということとはまた別に、そういうものを通じてしか現実に触れることができない。岡崎さんの漫画というのは、絵からしてそうだけれども、かなりそういうのを自覚的にとらえていたんじゃないかと思います。それは方法としての漫画、ということからしてそうです。
 つまり、日本の漫画というのは一方で劇画化というか、ある種の写実的な描写によって現実感を出そうという方向で発展してきたけれども、岡崎さんは、そういうものにはあまりリアリティを持たせなかったんじゃないか。あえて書き割り的に描いちゃうというか、そのつど仮説的に組んじゃうというか、物語の設定であれ風景描写であれ、人間の内面描写であれ、非常に仮説的で取り壊し可能というか。だから、下手くそだと言う人もいたけれども、それはわりと意図的に選びとられているし、もっといえばそういう面をある時期から強調すらしていたと思うんです。具体的には、測量というのではなくて、定規で引いた線で適当にできた世界ですね。

(『文藝別冊 岡崎京子― 総特集』(KAWADE夢ムック) [椹木野衣インタビュー:エンド・オブ・ザ・ワールド] 河出書房新社 P128)
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by JustAChild | 2010-09-23 22:44 | Wards

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岡崎京子 カッコイイのが勝ち

 それにしても、この『思想の科学』という本はマジメだ。マジメだなあ。"セックス・ドラッグ&ロケン・ロール"というイデオロギーから一番遠く離れた所にある気がします。

 そして、『家族』も。

 家族や家庭もまた、"セックス・ドラッグ&ロケン・ロール"というヤツから遠く離れた場所にあるものです。

 家庭(または家族空間)という所は不思議な場所で、世間で唯一とされている「夫婦間で行われている合法的なセックス」を基ばんとし、そのこういの結果生まれた子供によって構成されている空間にもかかわらず、その空間ではセックスというこういが"タブー"として機能するみょうちきりんな所です。

 セックスが日常として行われている場所での禁忌。"秘めごと"としてのセックス。

 じっさい楽しい夕食の時間に、息子が自分の父親や母親に「ねえねえ僕はどんな体位のときにできちゃったコドモなのお?」と質問し、それにキチンと両親が「ハハハハ、お前はねえ後背位から松葉くずしに変えようと体をズラそうとしたしゅんかん、父さんがついついイッちゃってできちゃったコドモなんだよ」「やーねぇ、お父さんたら。あ・け・す・け ♥ 。でも、あのときはヨかったわねえ」なんて答えるシーンというものは想像しにくいものの1つです。もし、そういう家族がいたらロケン・ロールなファミリーってやつですね。カッコイイ。憧れちゃいます。

 でも大体において"ロケン・ロール的なもの"と"家庭(または家族)的なもの"は仲が悪い。相性が悪いとさえ言えます。

 それにしても"ロケン・ロール"とは一体何なのでしょう?


(『文藝別冊 岡崎京子― 総特集』(KAWADE夢ムック) [岡崎京子テキスト・コレクション:カッコイイのが勝ち] 河出書房新社 P100)
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by JustAChild | 2010-09-24 17:07 | Wards

椹木野衣  岡崎京子の書き割り的仮説世界

――椹木さんが「書き割り」と言う時、そこには都市批判というよりは、憧れのようなプラスの感情もあるんですか?

椹木 というよりも、想像力が書き割り的なものにしか及ばないというか。「この空の向こうに無限に宇宙が広がっている」とか言われてもどうしても信じられない。何かどこかでだまされているような感じがぬぐえない。書き割り的な厚さのない平板なリアリティのほうが自分が生きて暮らしてきた感覚にはしっくりする。
 たとえばヨーロッパとか行くと、町全体がある種の理性のあらわれとして具現しているじゃないですか。街はそこにあるがままに遠近法の絵画のようでもあるし、そもそも都市という観念そのものがもっと理念的なものだと思うし、しかもそこには非常に深みのある歴史観みたいなものが、宗教であれ市民的な理念であれ隅々まで浸透していて、そういう場所では書き割り的ではないもののほうがリアリティをもって感じられるんだけれども、日本みたいなところにいると、それはちょっと無理でしょう。実際に建物とか見ても全部張りぼてだし、ファサードだけくっつけて、裏に回ったらボロボロのしもたや。それは古い建物がそうだというんじゃなくて、むしろ新しい建物のほうがそうで、見てくれだけ整えても30年もしたらボロボロになっちゃうようなプレハブばっかりでしょう。
 だから「書き割り」というのは、ぼくらが戦後たどってきた社会そのものの構造に由来することだと思うんです。つまり、対象を有機的な歴史や理想の奥行きや厚みの中で把握することができない。書き割り的な世界が好きか嫌いかということとはまた別に、そういうものを通じてしか現実に触れることができない。岡崎さんの漫画というのは、絵からしてそうだけれども、かなりそういうのを自覚的にとらえていたんじゃないかと思います。それは方法としての漫画、ということからしてそうです。
 つまり、日本の漫画というのは一方で劇画化というか、ある種の写実的な描写によって現実感を出そうという方向で発展してきたけれども、岡崎さんは、そういうものにはあまりリアリティを持たせなかったんじゃないか。あえて書き割り的に描いちゃうというか、そのつど仮説的に組んじゃうというか、物語の設定であれ風景描写であれ、人間の内面描写であれ、非常に仮説的で取り壊し可能というか。だから、下手くそだと言う人もいたけれども、それはわりと意図的に選びとられているし、もっといえばそういう面をある時期から強調すらしていたと思うんです。具体的には、測量というのではなくて、定規で引いた線で適当にできた世界ですね。

(『文藝別冊 岡崎京子― 総特集』(KAWADE夢ムック) [椹木野衣インタビュー:エンド・オブ・ザ・ワールド] 河出書房新社 P128)
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by JustAChild | 2010-09-23 22:44 | Wards


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