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ここや/そこ/あちこちで/わたしたちは/徹底的に
蓮實重彦 『百年恋歌』の第三話こそが真に素晴らしい
ここで一つ、ゲームをしてみたいと思います。侯孝賢監督のもっとも素晴らしい映画は何か、ただし『非情城市』だけは挙げないという条件をゲームの規則と考えてください。そういうと、皆、妙に興奮し始めるわけです。『恋恋風塵』などの自伝三部作がもっていたどこか叙情的な感性は素晴らしいと思います。しかし、私はここで『憂鬱な楽園』と『フラワーズ・オブ・シャンハイ』と『ミレニアム・マンボ』の三作を挙げます。実は『フラワーズ・オブ・シャンハイ』がどのように優れているかということは、まだ世界的にも充分いわれていません。『憂鬱な楽園』も、好きな人はかなりいる。『ミレニアム・マンボ』もこれを無視してはいけないという人は多くいる。しかし、どこがどうよいのかはまだ語られていないのが実情です。今後、彼の映画について語る場合、このあたりが注目すべきところではないかという気がしています。
<中略>
侯孝賢は"侠"の人で、決して素人さんには悪いことをしない人です。しかし彼が本当のところで何を考えているかというのは誰にもわかりません。彼はいまフランスで新作を撮っていますが、この映画作家がいったいどこへいくのかという興味はつきません。しかし、その前に10月12日から始まる『百年恋歌』をぜひご覧ください。この映画の最初の数ショットを見ただけで、またとない緊張感と至福感で、背中がぞくぞくするほどです。
これは三つのエピソードからなっており、1910年代と、60年代と現代の恋物語です。三つのエピソードの男女は、いずれも同じ役者によって演じられていますが、そのいずれもが素晴らしい。にもかかわらず、もっとも侯孝賢らしさがよく出ているのは現代篇だとはっきり申し上げておきます。1966年のパートに惹かれる人がいるのは、それはまあ素人さんとしてしょうがない。それから、1911年、これは無声映画のかたちで素晴らしいに違いないのですが、しかし、侯孝賢が真に描きたかったもの、もっとも大きな野心をこめて描きたかったのは、最後の現代篇のエピソードだといえます。おそらく『憂鬱な楽園』が人々を興奮させなかったように、最後の現代のエピソードは素直に人を興奮させないかもしれません。しかし実は、「侯孝賢の新作は最後がいちばんいい」といい聞かせつつ、ここはひとつ私の騙しに乗っていただきたい。第一話はとにかくいい。ぞくぞくします。しかし、そんなことは、侯孝賢にとっては朝飯前の話なのです。『フラワーズ・オブ・シャンハイ』を思わせる第二話にもぞくぞくとした感覚がまるで夢のように拡がっていく。だが、第三話は、そのような意味では背筋に震えが走り抜けません。逆に、ああ、どうしたらいいだろう、彼はこれをどう処理するだろうという戸惑いが、見る者を強く映画へさし向けることなる。ここには、侯孝賢的な"侠"の世界が、まがまがしく拡がりだしているのです。
あまり丁寧に見られることのなかった『憂鬱な楽園』、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』、『ミレニアム・マンボ』などを改めて評価するために、これらの作品にこめられた潜在的な力を受け止めるにふさわしく、侯孝賢の新作『百年恋歌』を見ていただきたい。この『百年恋歌』の第三話こそが真に素晴らしいのだという私の興奮が、この中においでの100分の1の方にでも伝われば、こんな素晴らしいことはありません。
( 蓮實重彦 『映画論講義』 東京大学出版会 P253)
<中略>
侯孝賢は"侠"の人で、決して素人さんには悪いことをしない人です。しかし彼が本当のところで何を考えているかというのは誰にもわかりません。彼はいまフランスで新作を撮っていますが、この映画作家がいったいどこへいくのかという興味はつきません。しかし、その前に10月12日から始まる『百年恋歌』をぜひご覧ください。この映画の最初の数ショットを見ただけで、またとない緊張感と至福感で、背中がぞくぞくするほどです。
これは三つのエピソードからなっており、1910年代と、60年代と現代の恋物語です。三つのエピソードの男女は、いずれも同じ役者によって演じられていますが、そのいずれもが素晴らしい。にもかかわらず、もっとも侯孝賢らしさがよく出ているのは現代篇だとはっきり申し上げておきます。1966年のパートに惹かれる人がいるのは、それはまあ素人さんとしてしょうがない。それから、1911年、これは無声映画のかたちで素晴らしいに違いないのですが、しかし、侯孝賢が真に描きたかったもの、もっとも大きな野心をこめて描きたかったのは、最後の現代篇のエピソードだといえます。おそらく『憂鬱な楽園』が人々を興奮させなかったように、最後の現代のエピソードは素直に人を興奮させないかもしれません。しかし実は、「侯孝賢の新作は最後がいちばんいい」といい聞かせつつ、ここはひとつ私の騙しに乗っていただきたい。第一話はとにかくいい。ぞくぞくします。しかし、そんなことは、侯孝賢にとっては朝飯前の話なのです。『フラワーズ・オブ・シャンハイ』を思わせる第二話にもぞくぞくとした感覚がまるで夢のように拡がっていく。だが、第三話は、そのような意味では背筋に震えが走り抜けません。逆に、ああ、どうしたらいいだろう、彼はこれをどう処理するだろうという戸惑いが、見る者を強く映画へさし向けることなる。ここには、侯孝賢的な"侠"の世界が、まがまがしく拡がりだしているのです。
あまり丁寧に見られることのなかった『憂鬱な楽園』、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』、『ミレニアム・マンボ』などを改めて評価するために、これらの作品にこめられた潜在的な力を受け止めるにふさわしく、侯孝賢の新作『百年恋歌』を見ていただきたい。この『百年恋歌』の第三話こそが真に素晴らしいのだという私の興奮が、この中においでの100分の1の方にでも伝われば、こんな素晴らしいことはありません。
( 蓮實重彦 『映画論講義』 東京大学出版会 P253)
by JustAChild
| 2010-10-26 06:33
| Wards
蓮實重彦 『百年恋歌』の第三話こそが真に素晴らしい
ここで一つ、ゲームをしてみたいと思います。侯孝賢監督のもっとも素晴らしい映画は何か、ただし『非情城市』だけは挙げないという条件をゲームの規則と考えてください。そういうと、皆、妙に興奮し始めるわけです。『恋恋風塵』などの自伝三部作がもっていたどこか叙情的な感性は素晴らしいと思います。しかし、私はここで『憂鬱な楽園』と『フラワーズ・オブ・シャンハイ』と『ミレニアム・マンボ』の三作を挙げます。実は『フラワーズ・オブ・シャンハイ』がどのように優れているかということは、まだ世界的にも充分いわれていません。『憂鬱な楽園』も、好きな人はかなりいる。『ミレニアム・マンボ』もこれを無視してはいけないという人は多くいる。しかし、どこがどうよいのかはまだ語られていないのが実情です。今後、彼の映画について語る場合、このあたりが注目すべきところではないかという気がしています。
<中略>
侯孝賢は"侠"の人で、決して素人さんには悪いことをしない人です。しかし彼が本当のところで何を考えているかというのは誰にもわかりません。彼はいまフランスで新作を撮っていますが、この映画作家がいったいどこへいくのかという興味はつきません。しかし、その前に10月12日から始まる『百年恋歌』をぜひご覧ください。この映画の最初の数ショットを見ただけで、またとない緊張感と至福感で、背中がぞくぞくするほどです。
これは三つのエピソードからなっており、1910年代と、60年代と現代の恋物語です。三つのエピソードの男女は、いずれも同じ役者によって演じられていますが、そのいずれもが素晴らしい。にもかかわらず、もっとも侯孝賢らしさがよく出ているのは現代篇だとはっきり申し上げておきます。1966年のパートに惹かれる人がいるのは、それはまあ素人さんとしてしょうがない。それから、1911年、これは無声映画のかたちで素晴らしいに違いないのですが、しかし、侯孝賢が真に描きたかったもの、もっとも大きな野心をこめて描きたかったのは、最後の現代篇のエピソードだといえます。おそらく『憂鬱な楽園』が人々を興奮させなかったように、最後の現代のエピソードは素直に人を興奮させないかもしれません。しかし実は、「侯孝賢の新作は最後がいちばんいい」といい聞かせつつ、ここはひとつ私の騙しに乗っていただきたい。第一話はとにかくいい。ぞくぞくします。しかし、そんなことは、侯孝賢にとっては朝飯前の話なのです。『フラワーズ・オブ・シャンハイ』を思わせる第二話にもぞくぞくとした感覚がまるで夢のように拡がっていく。だが、第三話は、そのような意味では背筋に震えが走り抜けません。逆に、ああ、どうしたらいいだろう、彼はこれをどう処理するだろうという戸惑いが、見る者を強く映画へさし向けることなる。ここには、侯孝賢的な"侠"の世界が、まがまがしく拡がりだしているのです。
あまり丁寧に見られることのなかった『憂鬱な楽園』、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』、『ミレニアム・マンボ』などを改めて評価するために、これらの作品にこめられた潜在的な力を受け止めるにふさわしく、侯孝賢の新作『百年恋歌』を見ていただきたい。この『百年恋歌』の第三話こそが真に素晴らしいのだという私の興奮が、この中においでの100分の1の方にでも伝われば、こんな素晴らしいことはありません。
( 蓮實重彦 『映画論講義』 東京大学出版会 P253)
<中略>
侯孝賢は"侠"の人で、決して素人さんには悪いことをしない人です。しかし彼が本当のところで何を考えているかというのは誰にもわかりません。彼はいまフランスで新作を撮っていますが、この映画作家がいったいどこへいくのかという興味はつきません。しかし、その前に10月12日から始まる『百年恋歌』をぜひご覧ください。この映画の最初の数ショットを見ただけで、またとない緊張感と至福感で、背中がぞくぞくするほどです。
これは三つのエピソードからなっており、1910年代と、60年代と現代の恋物語です。三つのエピソードの男女は、いずれも同じ役者によって演じられていますが、そのいずれもが素晴らしい。にもかかわらず、もっとも侯孝賢らしさがよく出ているのは現代篇だとはっきり申し上げておきます。1966年のパートに惹かれる人がいるのは、それはまあ素人さんとしてしょうがない。それから、1911年、これは無声映画のかたちで素晴らしいに違いないのですが、しかし、侯孝賢が真に描きたかったもの、もっとも大きな野心をこめて描きたかったのは、最後の現代篇のエピソードだといえます。おそらく『憂鬱な楽園』が人々を興奮させなかったように、最後の現代のエピソードは素直に人を興奮させないかもしれません。しかし実は、「侯孝賢の新作は最後がいちばんいい」といい聞かせつつ、ここはひとつ私の騙しに乗っていただきたい。第一話はとにかくいい。ぞくぞくします。しかし、そんなことは、侯孝賢にとっては朝飯前の話なのです。『フラワーズ・オブ・シャンハイ』を思わせる第二話にもぞくぞくとした感覚がまるで夢のように拡がっていく。だが、第三話は、そのような意味では背筋に震えが走り抜けません。逆に、ああ、どうしたらいいだろう、彼はこれをどう処理するだろうという戸惑いが、見る者を強く映画へさし向けることなる。ここには、侯孝賢的な"侠"の世界が、まがまがしく拡がりだしているのです。
あまり丁寧に見られることのなかった『憂鬱な楽園』、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』、『ミレニアム・マンボ』などを改めて評価するために、これらの作品にこめられた潜在的な力を受け止めるにふさわしく、侯孝賢の新作『百年恋歌』を見ていただきたい。この『百年恋歌』の第三話こそが真に素晴らしいのだという私の興奮が、この中においでの100分の1の方にでも伝われば、こんな素晴らしいことはありません。
( 蓮實重彦 『映画論講義』 東京大学出版会 P253)
by JustAChild
| 2010-10-26 06:33
| Wards
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